学者・文化人江戸時代
賀茂真淵
かものまぶち
1697 〜 1769

別名・通称
県居、県居翁、県居大人、淵満
生涯・逸話
この人物を理解する鍵は、『万葉集』を中心に日本本来の心を探る学問を深め、その学びを弟子の本居宣長たちに伝えた点にあります。
【浜松の神職の家に】
元禄10年(1697)3月4日(旧暦)、遠江国敷智郡(とおとうみのくにふちぐん)の浜松(現在の静岡県浜松市)で、賀茂神社の神職の家である岡部家に生まれました。父は神職の岡部政信(おかべまさのぶ)です。
【荷田春満に学ぶ】
京都の伏見で国学者の荷田春満(かだのあずままろ)に学びました。元文元年(1736)に春満が亡くなり、元文2年(1737)、江戸に出ます。
【江戸で田安宗武に仕える】
延享3年(1746)、徳川吉宗の次男・田安宗武(たやすむねたけ)に和学御用として仕えました。春満の養子・荷田在満(かだのありまろ)の推薦がきっかけとされます。
【国学の研究と著作】
『万葉集』を中心に研究し、万葉風の和歌の復興を目指しました。著作に、『冠辞考』(かんじこう)、『万葉考』(まんようこう、1768年)、『歌意考』(かいこう、1764年)、『国意考』(くにいこう、1765年)、『祝詞考』(のりとこう、1768年)などがあります。号は県居(あがたい)です。
【松坂の一夜】
宝暦13年(1763)、大和(奈良)巡りの旅の途中、伊勢の松坂に泊まり、本居宣長と初めて会いました。「松坂の一夜」と呼ばれる出会いです。宣長はこれをきっかけに真淵の弟子となり、真淵の影響で『古事記』の注釈に取り組みはじめ、約30数年をかけて『古事記伝』(全44巻)を完成させました。弟子には、加藤千蔭(かとうちかげ)、村田春海(むらたはるみ)、楫取魚彦(かとりなひこ)などもいます。
【国学の四大人】
荷田春満、賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤(ひらたあつたね)の4人は、国学を発展させた代表的な学者として「国学の四大人(しうし)」と呼ばれます。
【最期とゆかりの地】
明和6年(1769)10月30日、73歳(数え年)で亡くなりました。浜松市には、1984年に開館した賀茂真淵記念館があり、隣の県居神社では真淵がまつられています。誕生の地は、真淵翁顕彰碑広場として整備されています。
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