学者・文化人幕末
ジョン万次郎
じょんまんじろう
1827 〜 1898

別名・通称
万次郎、中浜万次郎、日米外交の架け橋
幕末の通訳・教育者(1827-1898)。土佐国(=高知県)の漁師の家に生まれ、14歳で漁に出て遭難、米国捕鯨船に救助されて米国に渡った稀有な経歴。10年後に帰国、英語通訳として日米和親条約(1854)・遣米使節団・万延元年遣米使節などで活躍した稀有な日米外交の架け橋。
生涯・逸話
幕末の日米外交の架け橋、漂流民から国際人へ。文政10年(1827)、土佐国・中浜(=高知県土佐清水市)の漁師・中濱悦助の次男として生まれる。本名・中濱万次郎。
天保12年(1841)、14歳で漁師仲間と漁に出て遭難、太平洋の鳥島で漂流。約半年後、米国捕鯨船・ジョン・ハウランド号に救助された稀有な大事件。
船長・ホイットフィールドに気に入られ、米国マサチューセッツ州フェアヘイブンに渡って学校教育を受けた稀有な留学。「ジョン(=船長から)+万次郎」で「ジョン万次郎」の通称。
嘉永4年(1851)、24歳で日本に帰国した稀有な経歴。鎖国中の日本では密航者として取り調べを受けたが、後に土佐藩・幕府に重用された。
ペリー来航(1853)後、英語通訳として日米和親条約(1854)・万延元年遣米使節(1860、勝海舟)で活躍した稀有な日米外交の架け橋。
明治期は教育者として東京大学(=現・東京大学)で英語を教えた稀有な経歴。明治31年(1898)、東京で72歳で病没。
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