TabiShiri
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天皇飛鳥時代

持統天皇

じとうてんのう

645 〜 703

天皇「持統天皇」(飛鳥時代)

別名・通称

持統、鸕野讃良皇女、鸕野讃良、高天原広野姫天皇

飛鳥時代の女性天皇で、第41代天皇(645-703)。天智天皇の娘で、天武天皇の皇后。夫の死後に政務を執り、飛鳥浄御原令の施行や藤原京への遷都を進めた。孫の文武天皇に位を譲ったのちは、初めて太上天皇として政治を支えた。百人一首の「春過ぎて」の歌でも知られる。
生涯・逸話
持統天皇は、大化元年(645)、中大兄皇子(のちの天智天皇)の娘として生まれた。母は蘇我倉山田石川麻呂の娘・遠智娘(おちのいらつめ)で、名を鸕野讃良(うののさらら)という。 斉明天皇3年(657)、13歳で叔父にあたる大海人皇子(のちの天武天皇)の妃となった。天智天皇10年(671)、大海人皇子が都を離れて吉野に入るとこれに従い、翌年の壬申の乱でも夫と行動をともにした。乱に勝って大海人皇子が天武天皇として即位すると、皇后となった。 朱鳥元年(686)に天武天皇が亡くなると、即位しないまま政務を執った(称制)。我が子の草壁皇子を次の天皇にと望んでいたが、皇子は持統天皇3年(689)に亡くなった。同じ年に飛鳥浄御原令を施行し、翌持統天皇4年(690)に正式に即位した。持統天皇8年(694)には、日本で初めての本格的な都城とされる藤原京に都を移した。 文武天皇元年(697)、孫の文武天皇に位を譲った。その後は初めて太上天皇の称号を用い、若い天皇の政治を支えた。 大宝2年(702)12月22日、58歳で崩御した。天皇として初めて火葬され、天武天皇の眠る檜隈大内陵(ひのくまのおおうちのみささぎ、奈良県明日香村)に合わせて葬られた。歌人としても知られ、小倉百人一首には「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山」が採られている。