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僧侶室町時代

一休宗純

いっきゅうそうじゅん

1394 〜 1481

僧侶「一休宗純」(室町時代)

別名・通称

一休、一休さん、純子、大徳寺第48代住持

室町時代の臨済宗の僧(1394-1481)。後小松天皇の落胤(=非公式の皇子)とされる。「とんちの一休さん」として現代も愛される稀有な存在。京都・大徳寺第48代住持を務めるも、酒・肉・女を辞さない奔放な人生で形式仏教を批判した稀有な禅僧。
生涯・逸話
室町時代を代表する破天荒な禅僧。応永元年(1394)、京都に生まれる。後小松天皇の落胤(=非公式の皇子)とされる稀有な出生。 幼くして安国寺で出家、後に大徳寺で華叟宗曇に師事して印可を受けた稀有な高弟。 しかし権威化した既成仏教を批判し、酒を飲み肉を食い遊郭にも通うなど、形式・戒律を否定する奔放な人生を送った稀有な禅僧。「諸悪莫作衆善奉行(=悪をするな善をせよ)」を風刺した狂歌「悪も善もこの世が辛き娑婆なれば 西も東もただ南無阿弥陀仏」など独特の思想。 応仁の乱(1467-1477)で大徳寺が焼失すると、復興のため大徳寺第48代住持に就任(=80歳台で)。 「とんちの一休さん」の童話=屏風の虎を捕まえる、橋を渡るな(=端を歩け)など、後世の創作だが現代も親しまれる稀有な存在。文明13年(1481)、酬恩庵(=京都府京田辺市、=一休寺)で88歳で入寂。