武将戦国時代
北条氏政
ほうじょううじまさ
1538 〜 1590

別名・通称
氏政、北条左京大夫、後北条4代
生涯・逸話
戦国時代の関東を治めた後北条氏4代目。天文7年(1538)、北条氏康の次男として生まれる。
「氏政の汁かけ飯」=食事中、最初の汁を少ししかかけず食べた後、もう一度汁をかけた稀有な逸話。父・氏康が「飯にかける汁の量も分からぬ者に、家中の差配ができるはずがない。北条家は氏政の代で滅ぶだろう」と嘆いたとされる稀有な伝承。
弘治3年(1557)、武田信玄の娘・黄梅院を妻に迎え、後に弟・氏照・氏邦らと共に関東に勢力を拡大した稀有な大領主。
しかし天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原征伐で約3ヶ月の籠城戦の末降伏。7月11日、秀吉の命で弟・氏照と共に自害した稀有な悲劇、享年53。
子の北条氏直は徳川家康の娘婿だった縁で助命され、後北条氏は河内国狭山1万石として存続した稀有な存続(=狭山藩)。
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