武将戦国時代
北条綱成
ほうじょうつなしげ
1515 〜 1587

別名・通称
綱成、福島綱成、地黄八幡、玉縄城主
生涯・逸話
後北条氏第一の猛将、「地黄八幡」の旗印で有名。永正12年(1515)、駿河国の今川氏家臣・福島正成の子として生まれる。
父・正成が今川氏の内訌で討死後、北条氏綱(=2代目)に養育されて娘婿となり、北条姓を賜った稀有な経歴。
玉縄城(=神奈川県鎌倉市玉縄)の城主として、後北条氏第一の猛将と称された稀有な存在。
「地黄八幡(じきはちまん)」=黄色の八幡神を描いた旗印で、戦場で恐れられた稀有なシンボル。
天文15年(1546)の河越夜戦で、約8万の関東連合軍を約8,000の北条勢で撃破した稀有な「日本三大奇襲」の一。綱成はわずか3,000の兵で河越城を半年間守り抜いた稀有な籠城戦の主役。
第二次国府台合戦(1564)・三方ヶ原の戦い(1572、徳川家康)など、後北条氏の主要合戦のほぼ全てで活躍した稀有な戦歴。
天正15年(1587)、73歳で没。