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武将鎌倉時代

北条時頼

ほうじょうときより

1227 〜 1263

武将「北条時頼」(鎌倉時代)

別名・通称

時頼、最明寺入道、北条相模守時頼

鎌倉幕府第5代執権(1227-1263)。30歳で出家し「最明寺入道」を称しながら実権を握り続けた稀有な政治家。「鉢の木」の伝説で知られる質素・公正な統治者。建長寺(=鎌倉五山第1位)を創建。
生涯・逸話
鎌倉幕府第5代執権、北条得宗家の名君。安貞元年(1227)、北条時氏の次男として生まれる。 寛元4年(1246)、20歳で執権に就任。建長元年(1249)に「引付衆」を設置して訴訟制度を整備、御家人間の紛争を公正に裁く稀有な政治家。 康元元年(1256)、30歳の若さで出家して「最明寺入道」を称するも、実権は握り続けた稀有な権力構造。 「鉢の木」の伝説=寒夜に貧しい武家を訪れた時頼が、宿主が鉢植えの梅・桜・松を薪に焚いて温めてくれた感謝に、後日その武家を高位に取り立てた稀有な「公正の鑑」の物語。 建長5年(1253)、建長寺(鎌倉五山第1位)を開いて蘭渓道隆を開山に迎えた稀有な禅文化の保護者。弘長3年(1263)、37歳で出家身分のまま没。