TabiShiri
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天皇平安・鎌倉

後鳥羽院

ごとばいん

1180 〜 1239

天皇「後鳥羽院」(平安・鎌倉)

別名・通称

後鳥羽、後鳥羽天皇、後鳥羽上皇、顕徳院、新島守

第82代天皇・後の上皇(1180-1239)。承久3年(1221)、鎌倉幕府打倒を企てて挙兵(=承久の乱)するも敗北、隠岐に流された稀有な悲劇の天皇。多才な文化人として『新古今和歌集』の編纂を主導、刀剣の自作にも秀でた。
生涯・逸話
鎌倉時代を代表する文化人天皇。治承4年(1180)、第80代高倉天皇の第4皇子として生まれる。本名・尊成親王。 寿永2年(1183)、源平合戦最中に第82代天皇として即位。建久9年(1198)に譲位後、上皇として院政を主導した稀有な存在。 建仁元年(1201)、藤原定家らに命じて『新古今和歌集』の編纂を主導した稀有な歌道のパトロン。自らも優れた歌人。 承久3年(1221)、鎌倉幕府打倒を企てて挙兵(=「承久の乱」)。北条政子の演説で結集した幕府軍に敗れ、隠岐(=島根県の離島)に流された稀有な悲劇。 隠岐で約20年を過ごし、延応元年(1239)、60歳で配所に崩御。