武将幕末・明治
後藤象二郎
ごとうしょうじろう
1838 〜 1897

別名・通称
象二郎、大政奉還の立案者
生涯・逸話
大政奉還の立役者、自由民権運動の主導者。天保9年(1838)、土佐藩士・後藤助右衛門の長男として土佐国(=高知県)に生まれる。
土佐勤王党の弾圧では藩主側の主役の一人だったが、後に坂本龍馬・中岡慎太郎と協力する稀有な転換。
慶応3年(1867)6月、坂本龍馬の「船中八策(せんちゅうはっさく)」(=大政奉還の構想)を聞き、藩主・山内容堂に進言した稀有な仲介者。
容堂が10月3日に徳川慶喜に「大政奉還建白書」を提出、10月14日の大政奉還につながった稀有な大事業の実現に貢献。
明治新政府で参与・参議などを歴任するも、明治6年(1873)の征韓論争で板垣退助・西郷隆盛らと共に下野した稀有な決断。
明治7年(1874)、板垣退助らと「民撰議院設立建白書」を提出、自由民権運動を主導した稀有な大事業。
明治30年(1897)、東京で60歳で病没。