武将戦国時代
鳥居元忠
とりいもとただ
1539 〜 1600

別名・通称
元忠、鳥居彦右衛門、伏見城代、三河譜代
生涯・逸話
徳川家康の譜代の忠臣、伏見城の悲劇の主役。天文8年(1539)、三河国(=愛知県)の徳川家臣・鳥居忠吉の三男として生まれる。
徳川家康の少年期(=今川人質時代)から仕えた稀有な忠臣。
慶長5年(1600)、徳川家康の上杉討伐の留守中、伏見城(=京都市伏見区)の城代を任された稀有な大任。家康は別れの際、「西軍の挙兵で伏見城は最初に落ちる、君だけは助けたい」と元忠に告げたが、元忠は「籠城して西軍を引きつけ、徳川の天下取りに貢献する」と答えた稀有な決意。
7月、石田三成率いる西軍4万の大軍が伏見城を包囲。元忠は約1,800の兵で13日間籠城、最後は城に火を放って自害した稀有な悲劇、享年62。
「伏見城の血天井」=元忠らが自害した床板が、後に養源院(京都)・正伝寺・源光庵などの天井に「血天井」として再利用された稀有な遺物。
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