TabiShiri
僧侶江戸時代

沢庵宗彭

たくあんそうほう

1573 〜 1646

僧侶「沢庵宗彭」(江戸時代)

日本語: 木村徳応English: Kimura Tokuō, Public domain, via Wikimedia Commons

別名・通称

沢庵、沢庵和尚、たくあん漬けの祖、大徳寺住持

江戸初期の臨済宗の僧(1573-1646)。京都・大徳寺の住持。徳川3代将軍・徳川家光の篤い帰依を受けた稀有な高僧。「不動智神妙録」(=剣の心構えを禅で説いた書)で柳生宗矩(=家光剣術指南役)・宮本武蔵らに影響を残した。「たくあん漬け」の名の由来。
生涯・逸話
江戸初期を代表する臨済宗の高僧、武家文化に巨大な影響を残した稀有な存在。天正元年(1573)、但馬国出石(=兵庫県豊岡市)の浪人・秋庭綱典の次男として生まれる。 10歳で出家、京都・大徳寺で臨済禅を学ぶ。慶長12年(1607)、大徳寺第153世住持に就任した稀有な大成。 寛永6年(1629)、紫衣事件(=朝廷が高僧に紫衣を与えた件を幕府が無効化した事件)で幕府を批判し、出羽国・上山に流された稀有な気骨。 赦免後、徳川3代将軍・徳川家光の篤い帰依を受け、品川・東海寺(=家光が沢庵のために建立)の開山となった稀有な「将軍の参禅相手」。 代表作『不動智神妙録(ふどうちしんみょうろく)』=剣の心構えを禅の境地で説いた書、柳生宗矩(=家光剣術指南役)・宮本武蔵らに巨大な影響を残した稀有な兵法書。 「たくあん漬け」=東海寺で家光に振る舞った漬物(=大根の塩漬け)が「これは沢庵の漬物だな」と家光に呼ばれたのが名の由来とされる稀有な伝承。 正保2年(1645)、東海寺で73歳で入寂。