TabiShiri
僧侶平安時代

興教大師覚鑁

こうぎょうだいしかくばん

1095 〜 1143

僧侶「興教大師覚鑁」(平安時代)

別名・通称

覚鑁、興教大師、密厳尊者、根来寺開祖、新義真言宗中興の祖

平安後期の真言宗の高僧(1095-1143)。空海以来の真言宗中興の祖、新義真言宗の創始者。高野山で活動するも、保守派との対立で根来山(=和歌山)に移り、新しい真言宗の流れを築いた。
生涯・逸話
平安後期を代表する真言宗の高僧。嘉保2年(1095)、肥前国(=佐賀県)に生まれる。 13歳で出家、京都・仁和寺・東大寺・興福寺などで研鑽。後に高野山で修行し、空海の真言密教の正統を継承する稀有な才能。 大治5年(1130)、高野山に大伝法院・密厳院を開いて改革を試みるが、保守派との対立が激化。保延6年(1140)、和歌山県岩出に下りて根来寺を開いた稀有な改革者。 その教えは後の新義真言宗(=智山派・豊山派など現代に至る大派)の起源となった。 康治2年(1143)、根来寺で49歳で入寂。「興教大師」の号は元禄3年(1690)に追贈。等々力満願寺など多くの真言宗寺院の開祖・中興。