武将戦国時代
石川数正
いしかわかずまさ
1533 〜 1593

不明Unknown author, Public domain, via Wikimedia Commons
別名・通称
数正、石川伯耆守、徳川家康の腹心、松本城築城者
生涯・逸話
徳川家康の腹心、松本城築城者、謎の出奔者。天文2年(1533)、三河国(=愛知県)の徳川譜代の家臣・石川康正の長男として生まれる。
徳川家康の人質時代(=今川氏の元)から共に仕え、家康の腹心の一人として活躍した。
本多忠勝・酒井忠次と並ぶ家康の三大筆頭家臣の一人。
しかし天正13年(1585)11月、突然豊臣秀吉の元に出奔した。「徳川家最大の謎の出奔」。
動機は諸説あり=「家中の派閥争い」「秀吉の懐柔」「徳川家の機密を秀吉に売った」など。
これにより徳川家の軍制が秀吉に筒抜けとなり、家康は急遽軍制を武田流に改めたという歴史的転換点。
秀吉から信濃国・松本8万石を与えられ、松本城(=現存五大名城)を改修・築城した。
文禄2年(1593)、松本で61歳で病没。
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