TabiShiri
寺 御朱印真言宗東寺派・坂東三十三観音第5番・飯泉観音 小田原市

勝福寺

しょうふくじ

別名:飯泉観音(いいずみかんのん)

この寺について
勝福寺(しょうふくじ)は、神奈川県小田原市飯泉(いいずみ)にある真言宗東寺派の古刹で、地元では「飯泉観音」の名で親しまれています。奈良時代、道鏡(どうきょう)が孝謙上皇(こうけんじょうこう)から賜った十一面観音(じゅういちめんかんのん)像を安置したのが始まりと伝わり、坂東三十三観音第5番札所として知られます。本尊は秘仏で、鑑真(がんじん)和尚が唐から持ち帰ったものと伝わります。少年時代の二宮尊徳(にのみやそんとく)が、この寺で観音経を聞いて発心したという逸話でも知られ、境内には二宮金次郎の像があります。

歴史・由来

この寺を理解する鍵は、道鏡(どうきょう)という、日本史でも特異な立場にあった僧にまつわる寺だという点にある。 寺伝によれば、奈良時代、僧・道鏡が孝謙上皇(こうけんじょうこう、後の称徳天皇)から十一面観音像を賜り、これを相模国(さがみのくに、現在の神奈川県)の千代(ちよ)の地に安置したのが始まりとされる。当初は補陀落山(ふだらくさん)と号した。創建の年は、天平勝宝5年(753年)とする資料があるが、はっきりとは定まっていない。本尊の十一面観音像は、唐から来日した鑑真(がんじん)和尚が請来(しょうらい、持ち帰ること)したものと伝わる。 平安時代の天長7年(830年)、現在の飯泉の地に移り、室町時代に「勝福寺」と称されるようになった。戦国時代には後北条氏の帰依を受け、小田原城の鬼門(きもん)を守る道場としても信仰されたと伝わる。曽我兄弟が仇討ちの成就を祈願して日参し、仁王像から力を授かったという伝説も残る。 江戸時代後期、少年時代の二宮尊徳(にのみやそんとく、幼名・金次郎)が、この寺で旅の僧が読む観音経を聞き、感じるところがあって発心したという逸話が伝わる。年齢や年は資料によって異なり、14歳とするものがある。 現在の本堂は、宝永3年(1706年)に小田原藩主の大久保忠増が建立したもので、棟札(むなふだ)から分かっている。朱塗りの、密教系の寺に特有の形式で、江戸時代初期の様式を残し、神奈川県指定重要文化財になっている。

見どころ・特徴

【本堂】宝永3年(1706年)に建てられた、朱塗りの密教本堂です。江戸時代初期の様式を残しています。神奈川県指定重要文化財です。 【仁王門】小田原市指定文化財とされます。曽我兄弟が日参し、仁王像から力を授かったという伝説が残ります。 【十一面観音立像】本尊は秘仏で、33年に一度開帳されます。前回は2014年でした。鑑真和尚が唐から持ち帰ったと伝わり、現在の像は平安時代の作とされます。神奈川県指定文化財です。 【二宮金次郎の像】境内には、「二宮金次郎本尊礼拝の像」があります。少年時代の金次郎が、この寺で観音経を聞いて感じるところがあったと伝わります。 【大イチョウ】推定樹齢700年以上で、神奈川県指定天然記念物です。昭和32年に指定されました。
年中行事・お祭り
【飯泉観音だるま市】例年12月17日・18日 関東でも最も早い時期に行われるだるま市です。だるまや熊手などの縁起物と屋台が並びます。17日は10時から21時、18日は9時から13時が目安です。買っただるまは、観音堂で開眼してもらえます(寸志が必要)。17日は周辺で交通規制があります。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトなどでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
本尊
十一面観音
宗派・寺格
真言宗東寺派・坂東三十三観音第5番・飯泉観音
創建
奈良時代、道鏡による創建と伝わる(年代は資料により異なり、天平勝宝5年〈753年〉とするものがある)
ご利益
縁結び厄除け商売繁盛
テーマ
歴史パワースポット
この場所を巡る軸
基本情報
住所
神奈川県小田原市飯泉1161
参拝時間
納経(御朱印)の時間は、4月から10月が8時から17時、11月から3月が9時から16時です。時間は変更される場合があります。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
小田原駅東口から富士急湘南バスに乗り、「飯泉観音前」で降りてすぐです。伊豆箱根鉄道大雄山線の五百羅漢駅からは、徒歩約20分です。車の場合は、小田原東ICから約5分で、門前に参拝者用の駐車場があります。だるま市の時期は、周辺で交通規制があります。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

記録を確認中...