この寺について
勝福寺(しょうふくじ)は、神奈川県小田原市飯泉(いいずみ)にある真言宗東寺派の古刹で、地元では「飯泉観音」の名で親しまれています。奈良時代、道鏡(どうきょう)が孝謙上皇(こうけんじょうこう)から賜った十一面観音(じゅういちめんかんのん)像を安置したのが始まりと伝わり、坂東三十三観音第5番札所として知られます。本尊は秘仏で、鑑真(がんじん)和尚が唐から持ち帰ったものと伝わります。二宮尊徳(にのみやそんとく)がこの寺で観音経を聞いて発心(ほっしん)したという逸話でも知られ、境内には若き日の金次郎像が立ちます。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、道鏡(どうきょう)という、日本史でも特異な立場にあった僧が開いた寺だという点にある。
寺伝によれば、奈良時代、僧・道鏡が孝謙上皇(こうけんじょうこう、後の称徳天皇)から十一面観音像を賜り、これを相模国(さがみのくに、現在の神奈川県)の千代(ちよ)の地に安置したのが始まりとされる。当初は「普陀落山弓削寺(ふだらくさんゆげじ)」と称した。創建の具体的な年については、天平勝宝5年(753年)とする資料や、天平神護元年(765年)、宝亀元年(770年)とする資料もあり、はっきりとは定まっていない。いずれにしても、奈良時代にさかのぼる古い歴史を持つ寺である。本尊の十一面観音像は、唐から来日した鑑真(がんじん)和尚が請来(しょうらい、持ち帰ること)したものと伝わる。
平安時代の天長7年(830年)、現在の飯泉の地に移り、室町時代以降に「勝福寺」と称されるようになった。
江戸時代後期、二宮尊徳(にのみやそんとく、幼名・金次郎)がこの寺で旅の僧が読む観音経を聞き、深く感じるところがあって発心したという逸話が伝わる。年齢については資料によって説が分かれており、はっきりしないが、少年時代の出来事とされている。この出会いが、後の報徳思想(ほうとくしそう)の原点になったとも語り継がれ、境内には二宮金次郎の像が立てられている。
現在の本堂は宝永3年(1706年)の再建で、江戸時代初期の建築様式を今に伝えており、神奈川県の重要文化財に指定されている。
見どころ・特徴
【本堂】宝永3年(1706年)に再建されたもので、江戸時代初期の建築様式を保っています。神奈川県指定重要文化財です。
【仁王門】小田原市指定重要文化財です。阿吽(あうん)の仁王像とともに、参拝者を迎えます。
【十一面観音立像】本尊は秘仏で、鑑真和尚が唐から持ち帰ったものと伝わります。現在の像は平安時代の作と伝わり、神奈川県指定重要文化財です。御前立(おまえだち、秘仏の代わりに拝観できる像)は常時参拝できます。
【二宮金次郎発心の地】少年時代の二宮尊徳(金次郎)が、この寺で観音経を聞いて発心したと伝わる場所です。境内には薪を背負って読書する姿の金次郎像が立っています。
【大イチョウ】神奈川県指定天然記念物の大イチョウが境内にあり、季節ごとの景観を彩ります。
年中行事・お祭り
【飯泉観音だるま市(歳の市)】例年12月17日・18日に開催される、関東でも最も早い時期に行われる伝統的なだるま市です。江戸時代、門前町の正月準備の時期に多くの人が訪れるようになったのが始まりと伝わり、だるまの開眼供養やお焚き上げも行われます。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトなどでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
十一面観音
社格
真言宗東寺派・坂東三十三観音第5番・飯泉観音
創建
奈良時代、道鏡による創建と伝わる(年代は資料により天平勝宝5年〈753年〉・天平神護元年〈765年〉・宝亀元年〈770年〉など諸説あり)
ご利益
縁結び厄除け商売繁盛
テーマ
歴史パワースポット
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
神奈川県小田原市飯泉1161
参拝時間
4月から10月は8時から17時まで、11月から3月は9時から16時までです。拝観料は無料です。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR東海道線「鴨宮」駅から徒歩約25分です。小田原駅からバスに乗り「飯泉」バス停で下車し、徒歩約5分ほどでも着きます。山門前に無料駐車場があります。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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