
この神社について
今から1900年余り前、日本武尊(やまとたけるのみこと)が千駄木(せんだぎ)の地にまつったのが始まりと伝わる古い神社です。
今の社殿は江戸幕府5代将軍・徳川綱吉(つなよし)が建てたもので、宝永3年(1706年)に完成しました。本殿・幣殿(へいでん)・拝殿・唐門・西門・透塀(すきべい)・楼門の7棟が欠けずに残り、すべて国の重要文化財に指定されています。
春のつつじ苑と、乙女稲荷へ続く千本鳥居でも知られています。

ツツジ

千本鳥居


Guilhem Vellut from Annecy, France, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
歴史・由来
【始まり】
神社の言い伝えでは、日本武尊が東国へ向かう途中、須佐之男命(すさのおのみこと)の力を仰いで、千駄木の地にまつったのが起こりとされています。文明年間(1469年から1487年)には、江戸城を築いた太田道灌(どうかん)が社殿を建てています。
【綱吉と家宣】
5代将軍・徳川綱吉は、兄の綱重(つなしげ)の子である綱豊(のちの6代将軍・家宣(いえのぶ))を跡継ぎに決めました。そこで、家宣の産土神(うぶすながみ、生まれた土地の守り神)だったこの神社に、家宣の屋敷があった土地を差し出し、新しい社殿を建てました。宝永3年(1706年)に千駄木の元の場所から今の場所へ遷宮(せんぐう、神様のお引っ越し)し、永代の社領として500石を寄せています。このとき家宣が奉納した大神輿3基も今に伝わっています。
【根津権現から根津神社へ】
江戸時代には「根津権現(ごんげん)」と呼ばれていました。明治時代になって今の名前に改められています。旧社格は府社で、今は東京十社の一社に数えられています。


見どころ・特徴
【権現造の社殿】
本殿・幣殿・拝殿を一つにつないだ権現造(ごんげんづくり)の社殿は、宝永3年(1706年)の完成です。まわりを囲む透塀は、細い木を菱形に組んだ窓から中が透けて見えることからこの名で呼ばれます。
【楼門】
神社によれば、江戸の神社の楼門で今も残っている唯一のものです。左右に置かれた随身(ずいしん、門を守る武人の像)のうち、向かって右側は水戸黄門だと言われています。
【唐門と西門】
唐門は、両側に唐破風(からはふ、弓なりにカーブした屋根の形)がある平唐門(ひらからもん)という形です。西門は2本の柱だけで支える棟門(むなもん)という形で、構造上こわれやすく、残っているものが少ない貴重な門です。
【乙女稲荷と千本鳥居】
奉納されたたくさんの朱色の鳥居が並ぶ参道を抜けると、池を見下ろす舞台造りの乙女稲荷があります。祠(ほこら)は掘られた穴の中にあり、古い記録には「穴稲荷」と書かれています。境内にはもう一つ、屋根に葵の御紋が残る駒込稲荷もあります。
【文豪の石】
夏目漱石や森鷗外もこの神社の氏子(うじこ)でした。二人が境内を散歩するときに腰を下ろしたと伝わる石が残っています。
【舞姫の家】
森鷗外が最初の妻と暮らし、小説『舞姫』を書いた家が境内に移され、令和7年(2025年)6月に第二客殿「舞姫の家」として完成しました。公開は土曜・日曜・祝日の10時から16時30分まで(受付は16時まで)で、拝観料がかかります。神社の行事がある日は閉館です。
【つつじ苑】
約100種3000株のツツジが植えられ、咲く時期の違う品種が長く楽しめます。
年中行事・お祭り
【文京つつじまつり】例年4月(およそ4月1日から4月30日まで。つつじ苑は花の見頃に合わせて有料で公開)
【例大祭】例年9月21日(例祭の式典。前後の週末に奉納演芸などの神賑(かみにぎわい)行事があり、宮神輿が出る神幸祭(しんこうさい)は数年に一度)
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
須佐之男命大山咋命誉田別命大国主命菅原道真公
社格
旧府社・東京十社の一社
創建
約1900年前、日本武尊が創祀したと伝わる
テーマ
重要文化財
基本情報
住所
東京都文京区根津1-28-9
参拝時間
唐門の開閉時間と授与所の受付時間は季節によって異なります。公式サイトの「唐門開閉時間・授与所受付時間」でご確認ください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
東京メトロ千代田線「根津駅」「千駄木駅」から徒歩5分
東京メトロ南北線「東大前駅」から徒歩5分
都営三田線「白山駅」から徒歩10分
北参道側に有料駐車場あり(境内の無料駐車場は参拝・ご祈祷・婚礼参列者用)
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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