この神社について
宇佐神宮・石清水八幡宮とともに「日本三大八幡宮」に数えられる神社で、筥崎八幡宮とも呼ばれます。応神天皇(八幡大神)を中心に、神功皇后と玉依姫命をまつっています。
楼門には「敵国降伏(てきこくこうふく)」の大きな額がかかり、元寇(げんこう)のときに国を守った神として知られています。9月の放生会(ほうじょうや)は博多を代表するお祭りです。
歴史・由来
【敵国降伏の宸筆と遷座】
神社の由緒によれば、延喜21年(921年)、醍醐天皇が神のお告げにより「敵国降伏」の宸筆(しんぴつ、天皇が自ら書いた書)を授け、この地に立派な社殿を建てました。延長元年(923年)に、筑前の大分宮(だいぶぐう、穂波宮)から神様が移されたのが始まりです。
【元寇と勝運の神】
鎌倉時代の中ごろの蒙古襲来(元寇)では、神風が吹いて国の危機を乗りこえたことから、厄除けと勝運の神として広く知られるようになりました。文永11年(1274年)の蒙古襲来のあとには、亀山上皇も「敵国降伏」の宸筆を納めています。
【武将と藩主の信仰】
戦国時代には大内義隆が本殿と拝殿を、小早川隆景が楼門を建て、江戸時代には福岡藩主の黒田氏などから厚く敬われました。明治18年(1885年)に官幣中社、大正3年(1914年)に官幣大社となりました。
見どころ・特徴
【楼門と敵国降伏の額】
文禄3年(1594年)に筑前の領主・小早川隆景が建てた楼門で、「敵国降伏」の大きな額が掲げられています。国の重要文化財です。
【本殿・拝殿】
天文15年(1546年)に大内義隆が建てた本殿と拝殿で、国の重要文化財です。本殿は横に9間(けん)ある大きな流造(ながれづくり)で、漆塗り、檜皮葺(ひわだぶき)の屋根です。
【一之鳥居】
慶長14年(1609年)に福岡藩主の黒田長政が建てた鳥居で、国の重要文化財です。
【千利休が奉納した石燈籠】
天正15年(1587年)、豊臣秀吉が箱崎で茶会を開いたときに、ついてきた千利休が奉納したと伝わる石燈籠です。国の重要文化財です。
【蒙古軍船の碇石】
元寇のときの蒙古の船の碇(いかり)に使われたとされる、長さ2mをこえる大きな石です。福岡県の文化財です。
【筥松と湧出石】
筥松(はこまつ)は、応神天皇が生まれたときの胞衣(えな)を箱に入れて埋めた目印に植えたと伝わる御神木で、「筥崎」という名前の由来になったといわれます。湧出石(わきでいし)は、国に大きな出来事があるときに地上に姿を現すと伝わる石です。
【お潮井】
近くの浜の真砂(まさご、細かい砂)は「お潮井(おしおい)」と呼ばれ、身を清めるものとして大切にされています。
年中行事・お祭り
【玉取祭(玉せせり)】例年1月3日
【春季社日祭】例年春分の日に最も近い戊(つちのえ)の日
【夏越祭(茅の輪くぐり)】例年7月の最終日曜日とその前日
【放生会(ほうじょうや)】例年9月12日から18日まで
【秋季社日祭】例年秋分の日に最も近い戊の日
【御胞衣祭・なまこ餅つき】例年12月31日
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
応神天皇神功皇后玉依姫命
社格
日本三大八幡宮・筑前国一宮・旧官幣大社
創建
延喜21年(921)醍醐天皇の勅により社殿を建て、延長元年(923)筑前大分宮より遷座
ご利益
勝負運厄除け家内安全
テーマ
一宮重要文化財祭り
この場所を巡る軸
祭り・伝統行事
基本情報
住所
福岡県福岡市東区箱崎1-22-1
参拝時間
社務所は8時30分から17時30分まで
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
福岡市地下鉄箱崎線「箱崎宮前駅」から徒歩約3分
JR鹿児島本線「箱崎駅」から徒歩約8分
駐車場あり(国道3号線から出入り)
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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