この寺について
光徳院(こうとくいん)は、中野区上高田(かみたかだ)にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)の寺で、御府内八十八ヶ所(ごふないはちじゅうはちかしょ)の第58番札所です。本尊は大日如来(だいにちにょらい)です。
平成7年(1995)に建てられた木造の五重塔(ごじゅうのとう)が境内に立ち、観音堂には中野区の文化財に指定された千手観世音菩薩(せんじゅかんぜおんぼさつ)の立像が安置されています。もとは江戸城に近い半蔵門(はんぞうもん)にあり、移転を重ねて現在地に落ち着いた寺です。
歴史・由来
【江戸城のそばから上高田へ、移転を重ねた寺】
光徳院は、亮珍(りょうちん)和尚が開いた寺で、開山のころは半蔵門にあったと寺の公式サイトは伝えています。創建の年は分かっていません。
江戸城を築く際に牛込市ヶ谷田町(うしごめいちがやたまち)へ移り、のちに牛込柳町(うしごめやなぎちょう)へ移って、明治43年(1910)に現在の中野区上高田に落ち着きました。
【千手観世音菩薩の伝え】
寺の伝えでは、観音堂の千手観世音菩薩は、延喜元年(901)に右大臣の菅原道真(すがわらのみちざね)が筑紫(つくし)へ左遷された際、自ら刻んだ像とされます。高さは三尺三寸(約1メートル)で、「子育観音」と呼ばれています。
像は長く筑紫の千手坊に安置されたあと、縁があって中野の宝仙寺(ほうせんじ)の十四世の法印に預けられ、その法印が光徳院に移ったときに堂を建てて安置したと伝わります。それ以来、一般の参拝が許されるようになったと寺は伝えています。
【中野区の文化財として】
中野区は、この千手観音菩薩立像を鎌倉時代の終わりから南北朝時代ごろの作と推定し、1995年9月に区指定有形文化財としました。細かなのみの跡が残り、写実的な作風だと説明されています。像は非公開です。
見どころ・特徴
【五重塔】
平成7年(1995)に建てられた木造瓦葺きの五重塔で、東西南北の各面に仏像が安置されています。公式サイトによると、全国の仏塔を訪ね歩く人が参拝に訪れるそうです。
【観音堂の千手観世音菩薩】
観音堂には、中野区指定有形文化財の千手観世音菩薩立像が安置されています。中野区の資料では像は非公開とされているため、拝観を希望する場合は寺へ直接お問い合わせください。
【境内の堂宇】
公式サイトの境内案内には、本堂、客殿、観音堂、山門、五重塔、六地蔵(ろくじぞう)、永代供養墓(えいたいくようぼ)が載っています。
【周辺を歩く】
同じ中野区には、光徳院の観音像の伝えに名が出る宝仙寺(第12番、中野区中央)があります。ほかに、第71番梅照院(中野区新井)、第41番密蔵院と第48番禅定院(ともに中野区沼袋)が同じ区内の札所です。
【訪ねかた】
御朱印や納経を希望する場合は、受付の場所と時間を、お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
年中行事・お祭り
【修正会(しゅしょうえ)】例年1月1日
新年の法要です。
【春季彼岸会(しゅんきひがんえ)】例年3月の春分の日
春のお彼岸の法要です。
【施餓鬼会(せがきえ)】例年5月22日
餓鬼(がき)に食べ物を施して供養する法要です。
【盂蘭盆会(うらぼんえ)】例年7月13日から16日
お盆の法要です。
【秋季彼岸会(しゅうきひがんえ)】例年9月の秋分の日
秋のお彼岸の法要です。
一般の方が参加できるかどうかは、公式サイトでは分かりません。寺へ直接お問い合わせください。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
本尊
大日如来
宗派・寺格
真言宗豊山派/御府内八十八ヶ所 第58番/中野区指定有形文化財(千手観音菩薩立像、1995年9月指定)
創建
創建の年は不明です。亮珍和尚の開山と伝わります。明治43年(1910)に現在地の中野区上高田へ移りました。
テーマ
霊場・巡礼
この場所を巡る軸
めぐりコース
基本情報
住所
東京都中野区上高田5-18-3
参拝時間
境内への参拝時間は、公式サイトに記載がありません。お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
観音堂の千手観世音菩薩立像は、中野区の資料で非公開とされています。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
【電車】西武新宿線の新井薬師前駅から徒歩約8分です。
【車】駐車場の有無は、公式サイトに記載がありません。お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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