TabiShiri
寺 御朱印 大津市

延暦寺(横川中堂)

えんりゃくじ(よかわちゅうどう)

別名:横川中堂、首楞厳院(しゅりょうごんいん)、根本観音堂

この寺について
比叡山延暦寺は「東塔(とうどう)」「西塔(さいとう)」「横川(よかわ)」の三つのエリアからなる大きな寺院群で、横川中堂(よかわちゅうどう)はそのうち横川エリアの中心となるお堂です。開かれたのは平安時代の嘉祥元年(848年)、唐(とう、当時の中国)で仏教を学び帰国した円仁(えんにん、慈覚大師〈じかくだいし〉)によってでした。本尊は聖観音(しょうかんのん)で、新西国三十三箇所第18番の札所本尊でもあります。崖に張り出すように建つ「舞台造り」のお堂で、延暦寺全体の総本堂である東塔の根本中堂(こんぽんちゅうどう、本尊は薬師如来)とは別の建物・別の本尊なので、訪ねるときは覚えておくと理解が深まります。

歴史・由来

横川中堂を理解する鍵は、比叡山という一つの寺の中に、性格の異なる「もう一つの拠点」があったということです。延暦寺は開祖・最澄(さいちょう、伝教大師〈でんぎょうだいし〉、767〜822)が延暦七年(788年)に東塔で開いた寺ですが、山の奥深くにはまったく別の歴史を刻んだ横川という一角があります。 横川を切り開いたのは、最澄の弟子筋にあたる円仁(えんにん、慈覚大師、794〜864)でした。円仁は承和五年(838年)から十年近くにわたって唐(とう、当時の中国)に渡り、仏教の教えを学びます。その航海の途中、嵐にあって命の危険にさらされた際に観音とその化身とされる毘沙門天(びしゃもんてん)に救われたという体験を持ち帰り、帰国後の嘉祥元年(848年)、横川の地に聖観音像と毘沙門天像を安置するお堂を建てました。これが横川中堂のはじまりで、当時は「首楞厳院(しゅりょうごんいん)」や「根本観音堂」とも呼ばれていました。 その後、横川は一時勢いを失いますが、のちに天台座主(てんだいざす、天台宗のトップ)を務めた良源(りょうげん、元三大師〈がんざんだいし〉、912〜985)が再興します。良源は天延三年(975年)にお堂を改築して不動明王像を加え、聖観音・毘沙門天・不動明王の三尊をまつる形に整えました。この良源の働きもあって天禄三年(972年)には横川が東塔・西塔と並ぶ独立した一区画として認められ、比叡山は現在まで続く「三塔」の体制になったといわれています。 お堂はその後も戦乱や災害に見舞われました。元亀二年(1571年)、織田信長による比叡山焼き討ちで延暦寺の建物の多くが焼け、横川中堂も被害を受けました。再建された後のお堂も昭和十七年(1942年)の落雷で焼失し、現在の建物は昭和四十六年(1971年)に鉄筋コンクリート造で再建されたものです。円仁が唐からの帰国後に始めた祈りの場所は、姿を変えながらも千年以上にわたって受け継がれています。

見どころ・特徴

【崖に張り出す舞台造り】横川中堂は、斜面に柱を組んで張り出すように建てられた「舞台造り」の建築です。京都の清水寺(きよみずでら)と同じつくりで、朱塗りの柱とお堂が緑や紅葉に映えます。 【一段下がった内陣】お堂の中央部分は床が2メートルほど低くなっていて、その一段下がった場所に本尊がまつられています。参拝する人が見下ろすようなかたちで手を合わせる、少し珍しいつくりです。 【本尊は国の重要文化財】本尊の聖観音立像(しょうかんのんりゅうぞう)は、円仁自身が刻んだと伝えられ、国の重要文化財に指定されています。あわせてまつられる毘沙門天・不動明王とともに、横川中堂の歩んできた歴史を物語る仏さまです。 【境内の横川鐘楼】境内にある横川鐘楼(よかわしょうろう)も国の重要文化財に指定されています。静かな山あいに響く鐘の音とともに、堂内の空気を味わってみてください。 【新西国霊場の札所】横川中堂は新西国三十三箇所第18番の札所本尊を祀るお堂で、「千代かけて 世をば救ひの 鐘の音を 送り絶えせぬ 比叡の山風」という御詠歌が伝えられています。
年中行事・お祭り
【横川中堂特別内陣拝観】例年秋に、ふだんは僧侶しか立ち入れない内陣の通路が特別に公開され、本尊の聖観音像などをより近くから拝観できる期間です。2026年は10月31日から11月23日まで、内陣拝観の受付は午前10時ごろから午後3時30分までの予定です(延暦寺の巡拝料が別途必要)。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
聖観音
社格
天台宗総本山延暦寺は、東塔・西塔・横川の「三塔十六谷」と呼ばれる一山組織からなり、横川中堂はそのうち横川地区の中心堂宇です。延暦寺全体は世界遺産「古都京都の文化財」の構成資産で、滋賀県大津市に所在しながら「京都の文化財」として登録されています。横川中堂は新西国三十三箇所第18番の札所でもあります。延暦寺全体の総本堂にあたる根本中堂(こんぽんちゅうどう、本尊は薬師如来)は東塔にある別の建物で、横川中堂とは異なります。
創建
開創は嘉祥元年(848年)、唐から帰国した円仁(えんにん、慈覚大師)による建立です。当初は「首楞厳院」または「根本観音堂」と呼ばれました。天延三年(975年)には良源(りょうげん、元三大師)が改築し、聖観音・毘沙門天・不動明王の三尊をまつる形に整えられました。現在の建物は、昭和十七年(1942年)の落雷による焼失を経て、昭和四十六年(1971年)に鉄筋コンクリート造で再建されたものです。
ご利益
厄除け開運
テーマ
世界遺産巡礼
この場所を巡る軸
基本情報
住所
滋賀県大津市坂本本町4220
参拝時間
拝観時間は3月から11月が9時から16時まで、12月から2月は9時30分から16時までです(拝観受付は午後3時45分まで)。拝観料は東塔・西塔・横川共通の巡拝料で、大人1000円、中高生600円、小学生300円です(20名以上の団体は割引あり、2026年9月時点の金額)。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
公共交通機関の場合、京都駅・三条駅方面からは比叡山ドライブバスで延暦寺バスセンターへ、出町柳駅からは叡山電鉄で八瀬比叡山口駅へ行きケーブル・ロープウェイで山頂へ、坂本比叡山口駅からは坂本ケーブルで山上へ、それぞれ到着したあと山内シャトルバスに乗り換えて「横川」バス停まで進みます(比叡山頂から横川まで所要約6分)。シャトルバスは例年3月20日ごろから11月30日ごろまでの運行で、冬期は運休するため事前の確認が必要です。車の場合は比叡山ドライブウェイまたは奥比叡ドライブウェイを通り、横川駐車場を利用します。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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