この寺について
荒川区西日暮里にある日蓮宗(にちれんしゅう)の寺院です。谷中七福神(やなかしちふくじん)のひとつ、布袋尊(ほていそん)をまつり、「ひぐらしの布袋」の名で親しまれています。江戸時代に「ひぐらしの里」と呼ばれた行楽地にあり、桜やツツジの庭で知られた「花見寺」のひとつでした。天正元年(1573)の開山と伝わります。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、「花見で親しまれた寺」という歩みです。
【はじまり】
山号は運啓山(うんけいざん)で、天正元年(1573)に開山したと伝わります。のちに現在の西日暮里の地に移りました。移った時期や以前の所在地については、資料によって書き方が異なります(寛文3年〈1663〉とする説明と、元禄年間〈1688年から1704年〉とする説明があります)。
【花見寺として】
江戸時代の中ごろから、このあたりは「ひぐらしの里」と呼ばれる江戸近郊の行楽地としてにぎわいました。修性院は、境内の斜面に桜やツツジを植えた庭が名園として知られ、「花見寺」と呼ばれて江戸の人々に親しまれたと伝わります。荒川区の案内では、妙隆寺(修性院に合併)、青雲寺とともに「花見寺」とも呼ばれた寺として紹介されています。歌川広重(うたがわひろしげ)の『名所江戸百景(めいしょえどひゃっけい)』「日暮里寺院の林泉」には、この寺の春の景色が描かれています。
【近代から現在へ】
江戸幕府の12代将軍・徳川家慶(いえよし)のころに朱印寺(しゅいんじ)となったと伝わります。明治時代の末には寺の土地を整理することになり、荒れた時期もありました。昭和10年(1935)に本堂・庫裡(くり)・書院が建てられましたが、昭和20年(1945)の東京大空襲で焼失しました。昭和25年(1950)から昭和35年(1960)にかけて3度の改修を重ね、現在に至ります。
見どころ・特徴
【ひぐらしの布袋】
谷中七福神のひとつ、布袋尊をまつる寺です。七福神めぐりでは「ひぐらしの布袋」として親しまれています。
【花見寺の面影】
江戸の人々が桜やツツジを楽しんだ「花見寺」です。広重の『名所江戸百景』「日暮里寺院の林泉」に描かれた寺として知られます。春には、江戸の花見の景色を思い浮かべながら歩けます。
【荒川区の文化財】
木造布袋尊像は荒川区の指定文化財です。日尾荊山衣幘碑(荒川区登録)、木造一塔両尊仏坐像・付胎内文書(荒川区登録)、木造三十番神坐像(荒川区登録)も伝わります。一般公開していないものもあるため、拝見したいときは事前に寺へお問い合わせください。
年中行事・お祭り
【谷中七福神めぐり】例年1月1日から10日ごろ
江戸・東京でもっとも歴史のある七福神めぐりといわれ、七つの寺社を巡ります。修性院は布袋尊の札所です。ご開帳の期間は例年1月1日から10日が目安とされています。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
作品ゆかり
【名所江戸百景】
歌川広重の連作『名所江戸百景』のうち「日暮里寺院の林泉」に、境内の春の景色が描かれています。
学び・特徴
本尊
布袋尊
宗派・寺格
日蓮宗の寺院(山号は運啓山)。谷中七福神の布袋尊の札所。
創建
天正元年(1573)の開山と伝わります。
この場所を巡る軸
めぐりコース
基本情報
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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