TabiShiri
城日本100名城 第30番・国指定史跡 伊那市

高遠城

たかとおじょう

別名:高遠城址公園、兜山城

この城について
戦国時代に武田氏が南信濃の拠点とし、江戸時代には高遠藩の城となった城の跡です。いまは高遠城址公園として整えられ、約1,500本のタカトオコヒガンザクラが咲く「天下第一の桜」の名所として知られています。日本100名城(第30番)に選ばれ、国の史跡にもなっています。

歴史・由来

高遠城を理解する鍵は、戦国の激しい戦いの舞台が、明治に桜の名所へ生まれ変わったことです。 【武田氏の城】 高遠は古くから諏訪氏の一族である高遠氏が治めていました。武田信玄がこの地を手に入れると、天文(てんぶん)16年(1547年)に城の工事を始めました。縄張り(城の設計)は山本勘助によると伝えられます。 【仁科盛信の戦い】 天正(てんしょう)10年(1582年)、織田信長の軍が信濃に攻め込みます。信玄の五男・仁科五郎盛信(にしなごろうもりのぶ)は、信長の長男・織田信忠の大軍を相手に城を守って戦い、討死しました。この戦いは、いまも地元で語り継がれています。 【江戸時代の高遠藩】 江戸時代には高遠藩の城となり、保科氏・鳥居氏・内藤氏が城主を務めました。のちに会津藩の藩祖となる保科正之(ほしなまさゆき)も、はじめは高遠藩主でした。元禄(げんろく)4年(1691年)からは内藤氏が8代続き、明治を迎えます。 【桜の城へ】 明治時代に建物が取り壊されたあと、明治8年(1875年)に公園となりました。旧高遠藩士たちが城下の「桜の馬場」から桜を移し植えたことが、いまの桜の名所の始まりです。

見どころ・特徴

【タカトオコヒガンザクラ】 公園には約1,500本のタカトオコヒガンザクラがあり、小ぶりで赤みの強い花を咲かせます。樹齢130年をこえる古木も残っています。 【天下第一桜の碑と桜雲橋】 城跡の入口には「天下第一桜」と刻まれた石碑が立っています。桜に包まれる桜雲橋(おううんきょう)は人気の撮影スポットです。 【問屋門・太鼓櫓・高遠閣】 城下から移された問屋門や太鼓櫓、国の登録有形文化財の高遠閣(こうえんかく)があります。 【日本100名城スタンプ】 スタンプは近くの高遠町歴史博物館に置かれ、博物館の入口の外で押すことができます。
年中行事・お祭り
【高遠城址公園さくら祭り】3月下旬〜4月中旬(期間中は入園料が必要) 【高遠城址公園もみじ祭り】10月下旬〜11月上旬 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
指定・選定
日本100名城 第30番・国指定史跡
築城
天文16年(1547年)、武田氏が鍬立て(縄張りは山本勘助と伝わる)。明治8年(1875年)公園化
この場所を巡る軸
基本情報
住所
長野県伊那市高遠町東高遠
アクセス
【電車・バス】JR飯田線 伊那市駅からバスで約25分 【車】中央自動車道 伊那ICから約30分、諏訪ICから約50分
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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