この寺について
収玄寺(しゅうげんじ)は、神奈川県鎌倉市長谷にある日蓮宗の寺院で、山号は四条山(しじょうざん)です。日蓮(にちれん)の熱心な信者だった鎌倉時代の武士・四条頼基(しじょうよりもと、四条金吾〈しじょうきんご〉)の屋敷跡に建てられました。境内には江ノ電長谷駅からすぐの距離にありながら四季折々の花が咲き、「花の寺」として親しまれています。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、日蓮の信仰をわが身をもって守った武士・四条金吾(しじょうきんご、四条頼基)の屋敷跡に建てられた寺だという点にある。
四条金吾は、鎌倉幕府の御家人・江間光時(えまみつとき)に仕えた武士で、日蓮に深く帰依した信者だった。文永8年(1271年)、日蓮が処刑されかけた「龍ノ口の法難(たつのくちのほうなん)」の際には、金吾が切腹を覚悟して刑場へ日蓮に付き従ったと伝えられている。
文政年間(1818〜1829年)、荒れていた金吾の屋敷跡に「収玄庵(しゅうげんあん)」が営まれ、安国論寺(あんこくろんじ)の日勇(にちゆう)がこれを中興したのが、寺としての始まりと伝わる。「収玄」という名は、四条金吾の法名「収玄院日頼(しゅうげんいんにちらい)」に由来する。その後、大正12年(1923年)に本堂が新しく建てられた際、「収玄庵」から「収玄寺」へと改められた。
本堂には日蓮聖人像とともに、四条金吾夫妻の像が安置されており、境内の「四条金吾邸址」の石碑は、日露戦争で連合艦隊を率いた東郷平八郎(とうごうへいはちろう)の揮毫によるものである。
学び・特徴
主祭神
十界曼荼羅
社格
日蓮宗、山号は四条山
創建
文政年間(1818年〜1829年)、「収玄庵」として創建。大正12年(1923年)に本堂を新築し「収玄寺」に改称。
ご利益
厄除け縁結び
テーマ
花
基本情報
住所
神奈川県鎌倉市長谷2-15-12
参拝時間
7時から17時ごろまで境内を自由に参拝できます。拝観は志納(こころざしを納める形)です。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
江ノ電「長谷」駅から徒歩1分から3分ほどです。長谷寺や鎌倉大仏(高徳院)にも近く、あわせて訪ねやすい立地です。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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