この寺について
妙長寺は鎌倉市材木座にある日蓮宗の寺院。日蓮(にちれん)が伊豆へ流された「伊豆法難(いずほうなん)」の際に日蓮を救ったと伝わる漁師の子・日実(にちじつ)が、正安元年(1299年)に開いた。境内には法難を今に伝える記念塔や御用船の模型があり、明治の小説家・泉鏡花(いずみきょうか)が滞在して小説を書き上げた寺としても知られる。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、日蓮が佐渡ではなく伊豆へ流された「伊豆法難」という、あまり知られていない出来事にある。弘長元年(こうちょうがんねん、1261年)、日蓮は幕府の怒りを買って伊豆へ流罪となった。護送の船が伊東沖で日蓮を降ろした際、これを助けて匿ったのが漁師の舟守弥三郎(ふなもりやさぶろう)だったと伝えられる。妙長寺は、この弥三郎の子(一説には弥三郎本人ともいう)で、のちに日蓮の弟子となった日実が、正安元年(しょうあんがんねん、1299年)に開いた寺である。
創建当初は、材木座海岸に近い沼ヶ浦(ぬまがうら)という場所に建てられた。ここは日蓮が伊豆へ向けて船出した地とも伝えられる、ゆかり深い場所だった。しかし天和元年(てんながんねん、1681年)の津波で堂宇が倒れてしまい、寺は現在の場所へ移った。
境内には、法難の記憶を今に伝えるものがいくつも残る。日蓮の伊豆法難を記念した塔や、実際に使われた御用船を6分の1の大きさで再現した模型、供養のための鱗供養塔(うろこくようとう)などである。
近代に入ってからは、文学とのつながりでも知られるようになった。明治24年(1891年)の夏、小説家の泉鏡花が妙長寺に滞在し、この経験をもとに短編小説「みだれ橋」(のちに「星あかり」と改題)を書き上げた。漁師の子が開いた鎌倉の小さな寺は、こうして700年以上のときを経て、法難の記憶と近代文学の両方を今に伝えている。
作品ゆかり
明治24年(1891年)、小説家・泉鏡花がひと夏(7月・8月ごろ)妙長寺に滞在した。この体験をもとに書かれたのが短編小説「みだれ橋」で、のちに「星あかり」と改題されて発表された。鏡花が実際に過ごした寺で、その空気を感じながら文学作品に思いを馳せることができる。
学び・特徴
主祭神
三宝祖師
社格
日蓮宗。鎌倉三十三観音霊場の札所ではない(同霊場第30番は明月院)。
創建
正安元年(1299年)、日実(にちじつ)による開山。当初は材木座海岸近くの沼ヶ浦に建立されたが、天和元年(1681年)の津波で倒壊し、現在地へ移転した。
ご利益
厄除け家内安全
テーマ
パワースポット
基本情報
住所
神奈川県鎌倉市材木座2-7-41
参拝時間
情報源により多少の幅がありますが、参拝時間はおおむね9時から17時まで、拝観料は100円とされています。正確な時間や休止日は、事前に寺へ直接お問い合わせください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
徒歩の場合、JR鎌倉駅東口から徒歩15分から25分ほどです(経路により所要時間の記載に幅があります)。小町大路(こまちおおじ)を材木座海岸方面へ進んだ先にあります。
バスの場合、鎌倉駅東口から路線バスも利用できますが、最寄りのバス停は情報源によって確認が取れませんでした。お出かけ前に経路をご確認ください。
駐車場はなく、檀家用のみです。車での参拝には向きません。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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