この寺について
薬王寺(やくおうじ)は、神奈川県鎌倉市扇ガ谷(おうぎがやつ)にある日蓮宗の寺院。山号は大乗山(だいじょうざん)。本尊は久遠実成釈迦牟尼仏(くおんじつじょうしゃかむにぶつ)。永仁元年(1293)、日蓮(にちれん)の弟子である日像(にちぞう)が、もとは真言宗の寺院だったこの地を法華経の寺として改めたのが始まりと伝わる。江戸時代には徳川家・蒲生家(がもうけ)ゆかりの寺として手厚く守られた。本堂には、実際の衣をまとわせて祀る珍しい「裸形(らぎょう)」の技法で作られた日蓮聖人の像がある。
歴史・由来
薬王寺を理解する鍵は、真言宗の寺から日蓮宗の寺へと姿を変えた開山の経緯と、江戸時代に徳川家・蒲生家という二つの名家から手厚い庇護を受けた歴史の、二つの筋にある。
寺の伝えによれば、日蓮から「都(京都)で布教せよ」と命じられた弟子の日像は、その道中、鎌倉でおよそ百日間にわたる厳しい修行を行った。その療養の地となったのが、もとは真言宗の寺院だったこの場所である。日像はこの寺を法華経を受持する日蓮宗の寺へと改め、これが薬王寺の実質的な始まりと伝わる。永仁元年(1293)のことという。江戸時代の初め、寛永年間(1624〜1645)には日達(にったつ)という僧によって再建され、寺の名も現在の「薬王寺」に改められたとされる。
江戸時代には、3代将軍徳川家光の弟にあたる駿河大納言・徳川忠長(するがだいなごん・とくがわただなが)の妻、松孝院(しょうこういん、織田信長の孫にあたる)が、忠長の菩提を弔うために多くの土地や金子を寄進した。この縁から、寺の紋には徳川家の三つ葉葵の使用が許され、格式の高い寺として、一般の人々の埋葬は長く許されなかったという。また墓地には、四国松山城主だった蒲生忠知(がもうただとも)の妻子の墓もあり、蒲生家ゆかりの寺としても知られる。現在の本堂は、享保7年(1720)の火災による焼失を経て、享保12年(1727)に再建されたものである。
見どころ・特徴
本堂の中央には、日蓮聖人の姿を彫った像が安置されている。この像は「裸形(らぎょう)」と呼ばれる技法で作られていて、体そのものを彫刻したうえで、実際の衣を着せて祀るという珍しいもの。鎌倉に4体しかないといわれる貴重な像のひとつで、毎年、衣替えの法要が行われる。
本堂前には、身分にかかわりなく誰もがお参りできたと伝わる「毒消し薬王菩薩像(さしのべさん)」もあり、健康や無病息災を願う人たちに親しまれてきた。
境内には、28歳の若さで生涯を終えた徳川忠長の供養塔をはじめ、江戸時代の歴史を今に伝える石碑や墓が残る。秋にはツワブキの黄色い花、春には桜が境内を彩る。
【訪ねかた】
境内は静かで、参拝は15分ほどで一巡できる。専用のトイレや一般向けの駐車場はないので、公共交通機関を使って訪れるのがおすすめ。
年中行事・お祭り
【読経会】
毎月第4日曜日の午後2時ごろから、本堂で読経会が開かれる。参加には前日までの連絡が必要とされている。
【衣替えの法要】
本堂に祀られる日蓮聖人の裸形像に着せる衣を替える法要が、年に一度行われる。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認いただくか、寺へ直接お問い合わせください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
久遠実成釈迦牟尼仏(くおんじつじょうしゃかむにぶつ)
社格
日蓮宗。山号は大乗山(だいじょうざん)。
創建
永仁元年(1293)、日蓮の弟子である日像が、もとは真言宗の寺院だったこの地を法華経の寺として改めたのが始まりと伝わる。寛永年間(1624〜1645)に日達によって再建され、現在の寺号に改められたとされる。
ご利益
健康・病気平癒厄除け
テーマ
パワースポット桜
基本情報
住所
神奈川県鎌倉市扇ガ谷3-5-1
参拝時間
境内には特に決まった参拝時間はなく、いつでもお参りできる。寺務所の受付は9時ごろから17時ごろまで。拝観料は志納(決まった金額はなく、気持ちの分だけを納める)。御朱印・御首題は各300円から500円ほど(お気持ち)。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR横須賀線・湘南新宿ライン「鎌倉」駅西口から徒歩13分から15分ほど。JR横須賀線「北鎌倉」駅からは、亀ヶ谷坂切通し(かめがやつざかきりどおし)を通って徒歩15分から18分ほど。一般向けの駐車場はほとんどないため、電車での訪問がおすすめ。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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