この寺について
建保6年(1218)、北条義時(ほうじょうよしとき)の薬師如来信仰にはじまる真言宗泉涌寺派の寺院。本尊は薬師三尊(薬師如来・日光菩薩・月光菩薩、国の重要文化財)で、これを守る木造十二神将立像も国の重要文化財。文和3年(1354)に足利尊氏が再建した薬師堂を中心に、境内は自然の谷(やつ)に囲まれ、鎌倉中世の面影を色濃く残す。事前予約不要のガイド拝観でのみ拝観できる、静かな古刹。
歴史・由来
覚園寺を理解する鍵は、鎌倉幕府第2代執権・北条義時(ほうじょうよしとき)の信仰にある。建保6年(1218)、義時は大倉薬師堂を建てた。有名な逸話として、義時の夢に薬師如来の眷属である十二神将のうち「戌神(いぬがみ)」が現れて危険を知らせ、実際にその後に難を逃れたことから、義時は篤く薬師如来を信仰するようになったと伝わる。
この大倉薬師堂を正式な寺院として整備したのが、永仁4年(1296)、9代執権・北条貞時(ほうじょうさだとき)である。智海心慧(ちかいしんえ)律師を開山に迎え、真言・天台・禅・浄土(律を含め五宗ともいわれる)を学べる学問道場として覚園寺が開かれた。元寇(げんこう)による国難を憂い、外敵退散を祈願する意味合いもあったとされる。
中心の建物である薬師堂は、文和3年(1354)に足利尊氏(あしかがたかうじ)が再建し、江戸時代の元禄2年(1689)に古い部材を用いて改築されたものが現在まで伝わる。本尊の薬師三尊像と、これを守る十二神将像は、いずれも国の重要文化財に指定されている。
鎌倉幕府滅亡後も、足利氏や後代の武家に信仰され、境内には「黒地蔵(くろじぞう)」として親しまれる地蔵菩薩像や、鎌倉武士の墓とされる「やぐら」が数多く残り、中世鎌倉の空気を今に伝えている。
見どころ・特徴
薬師堂(本堂)は文和3年(1354)に足利尊氏が再建し、元禄2年(1689)に改築された建物。古い部材を使って建て直されたため、今も鎌倉時代からの面影を色濃く残している。天井の梁には、再建時に足利尊氏が記したと伝わる文字も残る。
本尊は薬師三尊像(やくしさんぞんぞう、薬師如来・日光菩薩・月光菩薩)。中尊の薬師如来像は鎌倉時代の作で像高181.3センチ、両脇侍の日光菩薩・月光菩薩は室町時代、仏師・朝祐(ちょうゆう)による造立と伝わる。これを取り囲む木造十二神将立像とあわせて、国の重要文化財に指定されている。
「黒地蔵(くろじぞう)」は、火焔に焼かれて黒くすすけたと伝わる地蔵菩薩立像で、こちらも国の重要文化財。毎年8月10日の縁日には深夜0時から多くの参拝者が訪れる。
境内には「やぐら」と呼ばれる鎌倉武士の墓が177穴確認されており、開山塔・大燈塔とともに、中世鎌倉の面影を今に伝える貴重な史跡となっている。
【訪ねかた】覚園寺は自由に境内を歩ける寺ではなく、案内付きのガイド拝観(所要時間約50分)でのみ拝観できます。拝観受付所から先は写真撮影が禁止されているので、案内が始まる前に境内入口周辺で写真を撮っておくのがおすすめです。
年中行事・お祭り
学び・特徴
主祭神
薬師三尊(薬師如来・日光菩薩・月光菩薩)
社格
真言宗泉涌寺派。創建当初は真言・天台・禅・浄土(律を含め五宗ともいわれる)を学べる学問道場だった。
創建
建保6年(1218)、北条義時が薬師堂を建てたことに始まり、永仁4年(1296)、9代執権・北条貞時が智海心慧律師を開山に迎えて正式な寺として整備した。
ご利益
厄除け健康・病気平癒
テーマ
パワースポット
この場所を巡る軸
基本情報
住所
神奈川県鎌倉市二階堂421
参拝時間
ガイド拝観のみ(所要時間約50分)。受付時刻は10時・11時・13時・14時・15時(土曜・日曜・祝日は正午の回も実施)。拝観料は高校生以上500円、小・中学生200円。8月(8月10日の黒地蔵縁日を除く)と年末年始(12月20日ごろから1月7日ごろまで)、雨天・荒天時は拝観を休止することがあります。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR鎌倉駅よりバス「大塔宮」下車徒歩10分。
【駐車場】参拝者用駐車場あり(無料)。ただし寺へ向かう道路は狭いため、運転には注意してください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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