この寺について
神奈川県鎌倉市大町(おおまち)の比企谷(ひきがやつ)にある日蓮宗の霊跡本山(れいせきほんざん)。山号は長興山(ちょうこうざん)。鎌倉幕府の有力御家人だった比企能員(ひきよしかず)の屋敷跡に建ち、日蓮聖人を開山とする最古の寺とされる。比企一族の滅亡を生き延びた末子の能本(よしもと)が、屋敷を日蓮聖人に献上したことに始まると伝わる。広い境内には鎌倉最大級の木造仏堂である祖師堂や朱塗りの二天門が建ち、春には祖師堂前の海棠(かいどう)が花を咲かせる。
歴史・由来
妙本寺を理解する鍵は、鎌倉幕府の草創期に滅ぼされた比企一族の悲劇と、その菩提を弔うために開かれた寺という成り立ちにある。
比企一族は、源頼朝の乳母(めのと)であった比企尼(ひきのあま)につながる家柄である。尼の甥で当主の比企能員(ひきよしかず)は頼朝に重く用いられ、比企谷の屋敷には頼朝や政子がたびたび訪れたという。
能員の娘の若狭局(わかさのつぼね)は2代将軍・源頼家に嫁ぎ、嫡男の一幡(いちまん)を産んだ。しかし建仁3年(1203)、頼家が重い病に倒れると、比企氏の力が強まることを恐れた北条時政によって能員は謀殺され、一族も滅ぼされた(比企の乱)。
このとき生き延びたのは、京にいた2歳の末子・能本(よしもと)だけだった。のちに能本の姪にあたる竹御所(たけのごしょ)が4代将軍・九条頼経の妻となったことで、能本は赦されて鎌倉に戻った。
能本は日蓮聖人に深く帰依し、比企谷の屋敷を献上して一族の供養を願った。これが妙本寺の始まりと伝わる。寺伝では文応元年(1260)のこととされ、山号の「長興」と寺号の「妙本」は能本の両親の法号に由来するという。
寺は日蓮宗のなかでもゆかりの深い霊跡本山の一つに数えられている。
作品ゆかり
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(2022年)にゆかりの地として紹介されている。妙本寺は比企一族の屋敷跡であり、ドラマに登場する比企能員(ひきよしかず)や、その娘とされる若狭局(わかさのつぼね)ゆかりの地として、放送に合わせて多くの参拝者が訪れた(撮影が行われた場所ではなく、史実の舞台として紹介されている)。
学び・特徴
本尊
十界曼荼羅三宝祖師
宗派・寺格
日蓮宗霊跡本山(れいせきほんざん)。山号は長興山(ちょうこうざん)。
創建
文応元年(1260)、比企大学三郎能本が、日蓮聖人に自らの屋敷を献上して開かれたと伝わる。
ご利益
厄除け家内安全
テーマ
紅葉武将ゆかり
基本情報
住所
神奈川県鎌倉市大町1-15-1
参拝時間
境内は自由に参拝できる。御朱印などを受け付ける寺務所の時間は10時から16時ごろまで。拝観料は志納(決まった金額はなく、気持ちの分だけを納める)。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR横須賀線・湘南新宿ライン「鎌倉」駅東口から徒歩8分から10分ほど。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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