TabiShiri
寺 御朱印曹洞宗・秩父三十四観音第27番・護国観音が聳える 秩父市

大渕寺

だいえんじ

この寺について
秩父三十四観音霊場の第27番札所。曹洞宗の寺院で「竜河山」とも称される。本尊は聖観世音菩薩。境内の背後の山には、高さ約15メートルのコンクリート製「護国観音」がそびえ、荒川と山々を見渡す眺望が素晴らしい。第28番橋立堂とは比較的近く、セットで参拝する巡礼者が多い。

歴史・由来

大渕寺(だいえんじ)を理解する鍵は、寺の背後にそびえる巨大な観音像「護国観音(ごこくかんのん)」に込められた、昭和という時代の記憶にある。 伝承によれば、平安時代の初め、この地で草庵を営んでいた宝明(ほうめい、法明とも)という僧が足の病に苦しんでいた。これを見た弘法大師(こうぼうだいし、空海)が観音像を自ら彫って与えたところ、宝明はこの像を本尊としてお堂を建てたのが大渕寺の始まりと伝わる。創建の年代そのものは分かっていないが、江戸時代の元和2年(1616)には、吉田村(現在の秩父市吉田)の清泉寺(せいせんじ)6世・賢道(けんどう)が中興開山として寺を再興したという記録がある。 観音堂(月影堂〈つきかげどう〉)は、もとは山の上に建っていたが、明治・大正の二度の大火に見舞われ、大正8年(1919)には汽車の煤煙(ばいえん)が原因の火災で本堂・観音堂ともに焼失した。本尊は幸い焼け残り、大正12年(1923)ごろに山のふもとへ本堂が構えられ、観音堂(月影堂)は平成8年(1996)ごろ、山を切り開いて再建された。 境内の背後にそびえる護国観音は、第17世住職・町田兼義(まちだかねよし)が、昭和9年(1934)に急逝した東郷平八郎(とうごうへいはちろう)元帥をしのぶ記念事業として発願し、仏師・志佐凰洲(しさおうしゅう)に依頼して造られたコンクリート製の観音像である。高さは約15メートルで、完成当時は関東三大観音のひとつに数えられた。左手に剣を持つ姿は、時代を反映して「武運長久(ぶうんちょうきゅう)」を祈願したものと伝わる。完成・開眼の年は資料によって昭和10年(1935)とも昭和11年(1936)11月17日とも伝えられ、はっきりしない。

見どころ・特徴

【護国観音】 本堂の背後の山にそびえる高さ約15メートルのコンクリート製の観音像。昭和9年(1934)、東郷平八郎元帥への追慕の思いから第17世住職・町田兼義が発願し、仏師・志佐凰洲に依頼して造られた。左手に剣を持つ姿は、当時の世相を反映して「武運長久」を願ったものと伝わる。完成当時は関東三大観音のひとつに数えられた。 【荒川と山々の大展望】 護国観音のもとからは、荒川(あらかわ)と秩父盆地を取り囲む山々を見渡す大展望が広がる。札所26番・円融寺(えんゆうじ)から琴平(こんぴら)ハイキングコースを歩いてくる巡礼者にとっても、休憩がてら立ち寄る人気の地点になっている。 【観音堂と延命水】 現在の観音堂(月影堂)は、もとの場所が二度の大火に見舞われたことから、平成8年(1996)ごろに山を切り開いて再建された。境内入口付近には「延命水(えんめいすい)」と呼ばれる湧き水もあり、参拝の際に立ち寄る人も多い。 【冬季は28番の御朱印も】 毎年12月から2月末までの間は、隣接する札所28番・橋立堂(はしだてどう)の御朱印も大渕寺で授与している。冬季に橋立堂の納経所が閉まるための措置で、この時期に両札所を回る巡礼者には心強い存在になっている。
学び・特徴
主祭神
聖観世音菩薩
社格
曹洞宗・秩父三十四観音第27番・護国観音が聳える
創建
不詳
ご利益
縁結び厄除け国家安泰
テーマ
絶景パワースポット
この場所を巡る軸
基本情報
住所
埼玉県秩父市上影森411
参拝時間
3月から10月は8時から17時まで。11月から2月は8時から16時まで。正午から12時30分は昼休みのため受付を休止する。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
秩父鉄道「影森」駅から徒歩約10分。秩父三十四観音霊場第26番・円融寺からは、琴平ハイキングコースを経由して徒歩約20分。駐車場あり(普通車・マイクロバス可、大型バス不可)。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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