この寺について
真言宗豊山派の古刹、南明山慈眼院清瀧寺(なんめいざんじげんいんきよたきじ)。推古天皇15年(607)の開創と伝わる。坂東三十三観音第26番札所。「清瀧観音」とも呼ばれ、山腹の清らかな水が流れる境内に本堂が建つ。本尊の聖観世音菩薩は霊験あらたかとされ、地元・小野の住民から長く篤い信仰を集めてきた古刹。
歴史・由来
坂東三十三観音第26番札所、真言宗豊山派。正式名は南明山慈眼院清瀧寺(なんめいざんじげんいんきよたきじ)。この寺を理解する鍵は、「清瀧」という寺号そのものに、水にまつわる二つの伝説が込められている点にある。
一つは、聖徳太子(しょうとくたいし)が自ら彫った聖観音像を、推古天皇15年(すいこてんのう15ねん、607年)に竜ヶ峰(りゅうがみね)に安置したのが始まりという伝説。もう一つは、筑波山の二柱の神がこの地の小野山を杖で突いたところ清らかな水が湧き出し、その南側の滝口に行基(ぎょうき)が寺を建てたという伝説である。寺号の「清瀧」は、この清らかな水と滝にちなむと伝わる。
大同年間(だいどうねんかん、806から810年)、徳一(とくいつ)上人がこの寺を山の中腹へ移し、観音堂を建てたと伝わる。鎌倉時代には、常陸国(ひたちのくに)の御家人・八田知家(はったともいえ)の保護を受けて栄えた。
天正年間(1573から1592年)には小田氏・佐竹氏の兵火に巻き込まれて焼失し、江戸時代に元禄年間(1688から1704年)に再建された。しかし昭和44年(1969)と昭和48年(1973)の二度の火災でふたたび堂宇を失い、現在の本堂は昭和55年(1980)の再建である。
境内で江戸時代から残る唯一の建物が、天保年間(てんぽうねんかん、1830から1844年)建立の山門である。門に立つ阿吽(あうん)の金剛力士像(仁王像)は、体内にそれぞれ阿弥陀如来像を納めているという珍しい特徴を持つ。地名の「小野」にちなみ、近年は「小野小町(おののこまち)の里」としても親しまれている。
見どころ・特徴
【山門と仁王像】
江戸時代から残る唯一の建物である天保年間建立の山門には、金剛力士像(仁王像)が安置されている。この仁王像は、体内にそれぞれ阿弥陀如来像を納めているという全国的にも珍しい造りで、参道の石段を見下ろすように立つ姿は見応えがある。
【手水舎】
手水舎には竹筒が設けられており、趣のある造りになっている。
【箸みくじ】
本堂では珍しい「箸みくじ」(初穂料200円)が授与されている。
【御朱印】
坂東三十三観音の納経帳用の御朱印のほか、月替わりの御朱印や、小野小町にちなんだ御朱印など、種類豊富な御朱印を授与している。いずれも書置きでの授与となる。
境内は静かな山あいにあり、豊かな自然の中で古刹の趣をゆっくり味わえる。
学び・特徴
主祭神
聖観世音菩薩
社格
真言宗豊山派・坂東三十三観音第26番
創建
推古天皇15年(607)の開創と伝わる
ご利益
縁結び厄除け健康・病気平癒
テーマ
パワースポット
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
茨城県土浦市大字小野1151
参拝時間
御朱印受付は夏季8時から17時、冬季9時から16時まで(正午から13時は昼休み)
拝観無料
御朱印は書置きのみ、各500円
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR常磐線「土浦」駅より車で約30分
かつて運行していたコミュニティバスは廃止されたとの情報があるため、公共交通機関でお越しの際は事前にご確認ください
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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