この寺について
曹洞宗(海雲山)の古刹で、坂東三十三観音第2番札所。養老5年(721)、徳道上人(とくどうしょうにん)と行基菩薩(ぎょうきぼさつ)によって開かれたと伝わる。本尊は十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)。逗子の山あいに位置し、石段の参道を登った先に本堂がたたずむ。源頼朝をはじめ源氏ゆかりの人々の崇敬を集め、明治には文豪・泉鏡花(いずみきょうか)も足しげく通った寺として知られる。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、坂東三十三観音第2番札所として鎌倉時代の武家から崇敬を集めた歴史と、近代の文豪・泉鏡花を魅了した寺という、二つの顔を併せ持つ点にある。
寺伝によれば、創建は奈良時代の養老5年(721)。徳道上人(とくどうしょうにん)がこの地を開き、のちに行基菩薩(ぎょうきぼさつ)が十一面観音の像を刻んで安置したのが始まりと伝わる。「岩殿」の名は、本尊がもともと岩窟の中に祀られていたことに由来するという。
平安末期、源頼朝(みなもとのよりとも)が平家討伐の挙兵をした際、岩殿寺の十一面観音が力を貸したという逸話が伝わっており、これをきっかけに頼朝や妻・北条政子(ほうじょうまさこ)、その子である源実朝(みなもとのさねとも)ら源氏一族の篤い崇敬を受けるようになったという。江戸時代には徳川家康も参詣し、寺の再建を支援したと伝わる。
明治から大正にかけて活躍した文豪・泉鏡花は、明治39年(1906)ごろから約3年間逗子に滞在し、岩殿寺をたびたび訪れた。この寺を舞台とした小説「春昼(しゅんちゅう)」を著したことでも知られ、境内には鏡花の没後、親交の深かった鏑木清方(かぶらぎきよかた)らによって建てられた文学碑や、「鏡花の池」と呼ばれる池が残る。
学び・特徴
主祭神
十一面観世音菩薩
社格
曹洞宗(海雲山、かいうんざん)・坂東三十三観音第2番
創建
養老5年(721)、徳道上人が開き、のちに行基菩薩が十一面観音像を刻んで安置したと伝わる。
ご利益
縁結び厄除け健康・病気平癒
テーマ
山・登拝パワースポット
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
神奈川県逗子市久木5-7-11
参拝時間
8時から17時まで、年中無休。拝観料は100円で、中門前の納め箱に入れる形式です。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR逗子駅から徒歩20分から25分ほど。駅から県道沿いを経由し、住宅街の奥まった一角に位置しています。
【駐車場】あり(普通車、約15台分)。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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