この寺について
福島県喜多方市の山奥、熱塩温泉(あつしおおんせん)の湯元に建つ曹洞宗(そうとうしゅう)の古刹(こさつ)。平安時代に空海(くうかい)が開いたと伝わるお寺で、室町時代に源翁心昭(げんのうしんしょう)が曹洞宗の禅寺として再興し、会津でも指折りの大寺院に成長した。国の重要文化財である「椿彫木彩漆笈(つばきぼりきさいしつおい)」や、安土桃山時代の彫刻を伝える観音堂が残り、会津三十三観音の第5番札所としても知られる。境内のすぐ下には源翁が発見したと伝わる熱塩温泉の足湯があり、参拝後にひと休みできる。
歴史・由来
示現寺の歴史を理解する鍵は、「源翁心昭(げんのうしんしょう)」という一人の禅僧が会津にもたらした曹洞宗の波と、この寺が長い時をかけて地域の信仰の中心となっていった歩みにある。
寺伝によれば、平安時代の大同年間(806〜810年ごろ)に空海(くうかい。弘法大師とも)が真言宗(しんごんしゅう)の道場として「五峰山慈眼寺(ごほうざんじげんじ)」を開いたのがはじまりとされる。ただし実際には創建の詳細は不明な点も多く、「伝」として伝わる由来である。
この寺を大きく変えたのは、南北朝時代の禅僧・源翁心昭(げんのうしんしょう)だった。那須(栃木県)の「殺生石(せっしょうせき)」伝説で名高い源翁は、能登の總持寺(そうじじ)で修行を積み、各地を渡り歩いた後、会津に入って慶徳寺(けいとくじ)を経由し、永和元年(1375年)にこの寺へ入山した。寺号を「示現寺」と改め、曹洞宗の寺院として再興したのである。源翁の本墓は今も境内に残る。
再興後の示現寺は急速に発展し、後小松天皇(ごこまつてんのう)から紫衣勅号(しえちょくごう。格式ある称号のこと)を授かり、蘆名氏(あしなし)をはじめ歴代の会津の領主からも厚い庇護を受けた。最盛期には末寺32ヶ寺を擁する、会津屈指の大寺院となった。
また源翁は、修行中にアカザの杖を地面に突き刺したところ熱い湯が湧いたという伝承で知られる熱塩温泉を発見したとも伝えられている。現在も毎年1月4日の早朝、湯の恵みに感謝する「湯殿入り(ゆどのいり)」の行事がこの寺で行われている。
見どころ・特徴
【椿彫木彩漆笈(つばきぼりきさいしつおい)】国の重要文化財に指定された室町時代の笈(おい)。笈とは行脚(あんぎゃ)するお坊さんが仏具などを入れて背負う箱のこと。椿の花が浮き彫りにされ、漆で彩られた優美な工芸品で、現在は東京国立博物館に寄託されている。
【観音堂(かんのんどう)の彫刻】1788年(天明8年)に建てられた観音堂には、安土桃山時代の作風を伝える松や菊の透かし彫りが施されており、その精巧さは一見の価値あり。会津三十三観音の第5番札所「熱塩観音(あつしおかんのん)」として多くの参拝者が訪れる。
【源翁心昭(げんのうしんしょう)の本墓】境内にはこの寺を開いた源翁本人のお墓がある。那須の殺生石伝説でも知られる名僧の墓所を、静かな山寺の境内で参拝できる。
【無料の足湯】境内入口の石段の下に無料の足湯がある。参拝の後に熱塩温泉の湯を足で感じながら休憩できる。
年中行事・お祭り
【湯殿入り(ゆどのいり)】例年1月4日の早朝。源翁心昭が発見したと伝わる熱塩温泉の恵みに感謝する行事。喜多方観光物産協会が紹介する、この寺ならではの伝統行事。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトまたは寺院(TEL: 0241-36-2031)でご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
木造虚空蔵菩薩坐像千手観音菩薩
社格
曹洞宗大本山總持寺(そうじじ)御直末(ごじきまつ)
創建
寺伝では平安時代大同年間(806〜810年ごろ)、空海(くうかい)が「五峰山慈眼寺(ごほうざんじげんじ)」として創建したと伝わる(詳細は不明な点も多い)。その後荒廃したが、永和元年(1375年)に禅僧・源翁心昭(げんのうしんしょう)が入山して「示現寺」と改号し、曹洞宗の寺院として再興した。
ご利益
厄除け学業・合格開運招福
テーマ
禅
基本情報
住所
福島県喜多方市熱塩加納町熱塩字熱塩甲795
参拝時間
参拝自由(目安: 9:00〜16:00)。最新の情報は寺院へ直接お問い合わせください。TEL: 0241-36-2031
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR磐越西線「喜多方駅」から車で約15分。駐車場・トイレあり(無料)。境内入口の石段下に無料の足湯あり。
※2026年現在、県道62号線の通行止め情報が出ている場合があります。お出かけ前に道路状況をご確認ください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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