TabiShiri
城 御城印国指定史跡(昭和62年)/日本100名城 高崎市

箕輪城

みのわじょう

別名:箕輪城跡(みのわじょうあと)

この城について
群馬県高崎市の箕郷町(みさとまち)にある戦国時代の城の跡です。およそ500年前に長野氏が築き、長野業政(ながのなりまさ)の時代には武田信玄の攻撃を何度もはね返したことで知られます。最後の城主は徳川家康の重臣・井伊直政(いいなおまさ)で、今の城跡はその時代の姿に近いと考えられています。国の史跡で、日本100名城に選ばれています。

歴史・由来

この城を理解する鍵は、「武田信玄の攻撃を何度も防いだ城が、のちに高崎の町の始まりにつながった」という点にあります。 【長野氏の城】1500年ごろ、長野業尚(なりひさ)が城を築いたとされます。長野氏は西上野(にしこうずけ、今の群馬県西部)の有力な武士で、業政の時代には武田信玄の攻撃を何度も防ぎ、守りの固い城として知られました。 【武田氏の攻略】業政の死後、永禄(えいろく)9年(1566年)に武田信玄の攻撃で城は落ち、長野氏は滅びました。 【城主の移り変わり】その後、天正10年(1582年)には織田氏、さらに北条氏と城主が替わります。天正18年(1590年)、徳川家康が関東に入ると、重臣の井伊直政が城主になりました。 【高崎への移転と廃城】慶長(けいちょう)3年(1598年)、井伊直政は城を高崎に移しました。これが高崎城の始まりで、箕輪城は廃城となりました。

見どころ・特徴

【郭馬出西虎口門】伝統的な工法で復元された門で、2016年から公開されています。 【本丸西虎口門】本丸に3つあった門のうち、いちばん幅の広い門です。井伊直政の時代に使われていたとみられ、高さ約4m、幅約3mの高麗門(こうらいもん)として2026年3月に復元されました。本丸へ木橋を渡って入る、城主など限られた人のための大切な出入り口だったと考えられています。 【三の丸の石垣】城内でいちばん高い4.1mの石垣が残っています。当時としては最先端の技術で積まれたものです。 【散策コース】広い城跡には散策コースが整えられ、季節ごとの自然を楽しみながら歩くことができます。
学び・特徴
指定・選定
国指定史跡(昭和62年)/日本100名城
築城
1500年ごろ、長野業尚が築いたとされる。慶長3年(1598年)、井伊直政が高崎へ移り廃城。
テーマ
日本100名城山城
基本情報
住所
群馬県高崎市箕郷町西明屋
見学時間
見学自由(無料、休みなし)。駐車場は午後7時から翌朝7時まで閉鎖。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR「高崎駅」西口2番のりばから群馬バスで約30分。車は関越自動車道「高崎IC」「前橋IC」から約30分。駐車場あり。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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