この寺について
五大堂(ごだいどう)は、宮城県松島町の松島湾に突き出した小島に建つ、瑞巌寺(ずいがんじ)の境外にあるお堂です。
現在のお堂は、慶長9年(1604年)に伊達政宗(だてまさむね)が造営したもので、東北地方に現存する最古の桃山建築とされ、国の重要文化財に指定されています。
堂内には平安時代の木造五大明王像(もくぞうごだいみょうおうぞう)がまつられ、33年に一度だけ扉が開かれる秘仏です。
朱色の橋を渡ってお参りする姿は、日本三景・松島を代表する景色のひとつです。
歴史・由来
この堂を理解する鍵は、松島湾の小さな島に、古い伝承の堂と、伊達政宗が建て直した堂が重なっていることです。
【はじまりの伝承】
伝承では、大同2年(807年)に坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が毘沙門堂(びしゃもんどう)を建てたのが始まりとされます。
天長5年(828年)には、慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)が五大明王像を安置し、これが「五大堂」の名の由来になったと伝えられます。
【伊達政宗による再建】
現在のお堂は、仙台藩祖の伊達政宗が、慶長9年(1604年)に造営したものです。棟札(むなふだ)には「慶長第九歳次甲辰十二月六日」と記されています。
東北地方に現存する最古の桃山建築とされ、国の重要文化財に指定されています。
【秘仏の五大明王】
堂内の厨子(ずし)には、平安時代の木造五大明王像がまつられています。10世紀末から11世紀初めごろ、東北地方でつくられたと考えられています。
完全な形で残る五大明王像の古い例として、東寺(とうじ)と醍醐寺(だいごじ)の像に次ぐと評価されています。
この像は秘仏で、33年に一度だけ扉が開かれます。
見どころ・特徴
【透かし橋】
五大堂へは、3つの橋(通称「透かし橋」)を渡ります。床板のすき間から、足もとの海面が見えます。
令和7年(2025年)3月に、改修工事が完了しました。
【十二支の蟇股(かえるまた)】
お堂の四面には、方角に合わせた十二支の彫刻があります。蟇股とは、柱の上の組物の間に入れる装飾です。お堂のまわりを一周すると、見つけやすくなります。
【塗りのない木造のお堂】
お堂は、一辺が約6.9メートルの四角い建物で、屋根は宝形造(ほうぎょうづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。塗装をしない木の肌を生かした、すっきりとした姿をしています。
【33年に一度の五大明王像】
堂内には、中央に不動明王、東に降三世明王(ごうざんぜみょうおう)、南に軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)、西に大威徳明王(だいいとくみょうおう)、北に金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)が安置されています。
扉が開かれるのは33年に一度で、次回は2039年とされます。ふだんは外から、お堂の姿をじっくりご覧ください。
【御朱印】
御朱印は、瑞巌寺で受け付けています。
【訪ねかた】
橋の上は足もとに気をつけて渡りましょう。週末や連休は混み合うので、譲り合ってお参りしてください。夕方は暗くなる前の訪問がおすすめです。
年中行事・お祭り
【五大堂例祭】例年8月20日
瑞巌寺の案内に、五大堂例祭が8月20日に行われると記されています。
【五大明王像の御開帳】33年に一度
次回は2039年とされます。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず瑞巌寺へ直接お問い合わせください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
本尊
不動明王降三世明王軍荼利明王大威徳明王金剛夜叉明王
宗派・寺格
瑞巌寺の境外のお堂。建物は国の重要文化財(建造物)。堂内の木造五大明王像(5躯)も国の重要文化財(1995年6月15日指定)。
創建
伝承では、大同2年(807年)に坂上田村麻呂が毘沙門堂を建てたのが始まり。現在のお堂は、慶長9年(1604年)に伊達政宗が造営した。
テーマ
海・湖畔
基本情報
住所
宮城県宮城郡松島町松島字町内111
参拝時間
境内自由で、見学は無料です。
時間は、午前8時ごろから日没ごろまでが目安で、季節によって変わる場合があります。
堂内には、ふだんは入れません。五大明王像は秘仏で、33年に一度だけ扉が開かれます。
お出かけ前に、瑞巌寺へ直接お問い合わせください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR仙石線の松島海岸駅から、徒歩約10分です。
お車の場合は、三陸自動車道の松島海岸ICから約3kmです。
五大堂に専用の駐車場はありません。周辺の有料駐車場をご利用ください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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