
この寺について
元禄4年(1691)、萩藩3代藩主・毛利吉就(もうりよしなり)が開いた黄檗宗(おうばくしゅう)のお寺です。開山(かいさん:初代住職)は萩出身の高僧・慧極道明(えごくどうみょう)。
総門・三門・鐘楼・大雄宝殿(だいおうほうでん)の4棟が国の重要文化財に指定され、中国風の建物が、萩の町はずれに異国のような景色をつくっています。
本堂の裏には萩藩主毛利家墓所(国の史跡)が広がり、家臣たちが寄進した約500余基の石灯籠が並びます。毎年8月15日の万灯会(まんとうえ)では、その灯籠に火がともされます。

毛利家墓所

歴史・由来
【二つに分かれた殿さまのお墓】
東光寺を理解する鍵は、萩の毛利家のお墓が二つのお寺に分かれていることです。初代の秀就(ひでなり)と偶数代の藩主は大照院(だいしょういん)に、3代の吉就と奇数代の藩主はこの東光寺に眠っています。これは、中国古代の「昭穆制(しょうぼくせい)」という、代ごとにお墓の場所を交互に分けるしきたりにならったものとされています。
【黄檗宗の寺として】
3代藩主・毛利吉就は若いころから黄檗宗を深く信仰し、京都・宇治にある黄檗宗の本山・萬福寺(まんぷくじ)を手本にして、元禄4年(1691)にこのお寺を建てました。開山には萩出身の僧・慧極道明を招いています。黄檗宗は、江戸時代の初めに中国の明(みん)から来日した隠元隆琦(いんげんりゅうき)が伝えた禅宗で、建物もお経の読み方も中国風なのが特徴です。
【毛利家の菩提寺へ】
吉就が亡くなると、ここに墓所が設けられ、東光寺は毛利家の菩提寺(ぼだいじ:先祖の供養をするお寺)となりました。以後、11代までの奇数代の藩主とその夫人がここに葬られています。墓所には家臣たちが寄進した約500余基の石灯籠が整然と並び、一つひとつに、弔う藩主や夫人の法名と、寄進した家臣の名前・年月日が刻まれています。大照院とあわせて「萩藩主毛利家墓所」として国の史跡に指定されています。
【今に残る建物】
総門は元禄6年(1693)、鐘楼は元禄7年(1694)ごろ、大雄宝殿は元禄11年(1698)、三門は文化9年(1812)の建立です。この4棟が国の重要文化財に指定されています。
見どころ・特徴
【毛利家墓所】本堂の裏、杉木立の中に広がる墓所です。正面に奇数代の藩主と夫人の墓が並び、そのまわりに一族の墓が配置されています。萩の観光地の中でも、ひときわ静かに時間が流れる場所です。
【約500余基の石灯籠】墓所を埋めるように整然と並ぶ石灯籠は、すべて家臣が寄進したものです。刻まれた名前を読みながら歩くと、この石の列が藩に仕えた人々の名簿のように見えてきます。
【大雄宝殿(国の重要文化財)】元禄11年(1698)に建てられた本堂です。「大雄宝殿」は黄檗宗での本堂の呼び名で、本尊の釈迦如来(しゃかにょらい)の両わきには迦葉尊者(かしょうそんじゃ)と阿難尊者(あなんそんじゃ)がまつられています。
【三門(国の重要文化財)】文化9年(1812)建立の、ケヤキの白木で造られた二階建ての大きな門です。二階には十八羅漢(じゅうはちらかん)が安置されています。
【総門と鐘楼(国の重要文化財)】総門は元禄6年(1693)の建立で、黄檗宗らしい様式を今に伝えます。鐘楼は元禄7年(1694)ごろの建立で、上の階に大鐘と大太鼓を置き、太鼓を鳴らす鼓楼(ころう)も兼ねています。
【万灯会の夜】8月15日には、墓所の石灯籠に火がともされます。萩の夏の風物詩として知られ、訪ねられるなら、ぜひこの日に。
年中行事・お祭り
学び・特徴
主祭神
釈迦如来
社格
黄檗宗・萩藩主毛利家菩提寺
創建
元禄4年(1691年)
ご利益
家内安全厄除け先祖供養
テーマ
庭園巨木・御神木禅
基本情報
住所
山口県萩市椿東1647
参拝時間
8時30分から17時まで(年中無休)。拝観料は高校生以上300円、小中学生150円(30名以上の団体割引あり)。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
萩循環まぁーるバス(東回り)「東光寺前」から徒歩1分。JR東萩駅から車で約5分。山陽自動車道「防府東インターチェンジ」から約50分。中国自動車道「美祢東ジャンクション」から小郡萩道路経由、「絵堂インターチェンジ」から約20分。駐車場あり(20台)。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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