TabiShiri
寺 御朱印曹洞宗・国宝仏殿 下関市

功山寺

こうざんじ

山口県・下関市の寺「功山寺」

Wiki708 at Japanese Wikipedia, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

この寺について
国宝の仏殿と、高杉晋作の挙兵。 ふたつの時代がひとつの境内に重なっている。 仏殿は元応2年(1320年)の建立で、禅宗様(唐様)建築の完成した姿を今に伝える。 寺が長福寺として開かれたのは、その7年後のことである。 のちに周防大内氏最後の当主・大内義長がこの境内で自害し、江戸期には長府毛利家の菩提寺として再興された。 元治元年12月15日(1865年1月12日)の深夜、高杉晋作はこの山門前でわずか84人を率いて決起する。 長州が再び討幕へ向かう、その分岐点になった夜である。

歴史・由来

この寺には、寺そのものより古い建物が建っている。 国宝の仏殿である。内陣の来迎柱に「此堂元応二年卯月五日柱立」の墨書があり、元応2年(1320年)に柱が立てられたことが分かる。ところが寺の開創は嘉暦2年(1327年)。建物のほうが七年早い。 創建時の名は長福寺、宗派は臨済宗。開山は虚庵玄寂、開基は北条時仲と推定されている。鎌倉幕府が倒れる、その直前の開創である。 時代が下って弘治3年(1557年)、この境内で周防大内氏最後の当主・大内義長が自害した。西国に君臨し、山口を「西の京」と呼ばせた大内氏は、ここで終わる。寺もその後、久しく衰えた。 再興したのは毛利氏である。慶長7年(1602年)、長府藩初代藩主・毛利秀元が金岡用兼を招き、曹洞宗の笑山寺として立て直した。慶安3年(1650年)、秀元の没後に功山寺と改められ、以後は長府毛利家の菩提寺となる。境内の毛利家墓所には歴代藩主九人が眠る。 そして幕末が来る。 元治元年(1864年)、禁門の変と四国連合艦隊による下関砲撃を経て、長州は幕府から十五万の征討軍を差し向けられていた。藩内では恭順を説く俗論派が主導権を握り、11月には正義派の三家老が切腹させられる。藩は、幕府に頭を垂れる方へ大きく傾いていた。 同じ頃、七卿落ちで長州へ逃れた公卿のうち五卿が、この寺の書院に身を寄せていた。 12月15日、深夜。高杉晋作は挙兵する。従ったのは石川小五郎の遊撃隊と、伊藤俊輔——のちの伊藤博文——が率いる力士隊。あわせてわずか84人だった。決行日は、赤穂浪士の討ち入りと吉田松陰の脱藩の日にちなんで選ばれている。出陣に先立ち高杉は五卿に拝謁し、三条実美から盃を受けた。三条はこの無謀を止めるつもりでいたが、切り出す機会をつかめないまま見送ったという。 西暦に直せば1865年1月12日。翌日には馬関の藩会所を占拠し、軍艦を押さえた。志願する者が加わって隊は百二十人を超え、やがて藩の主導権は正義派へ戻る。 八十四人で藩に叛いた夜が、三年半後の明治維新につながっていく。

見どころ・特徴

【国宝・仏殿】桁行三間・梁間三間、一重裳階付、入母屋造の檜皮葺。禅宗様(唐様)の仏殿として正規の姿を備えた、この様式の代表例である。明治36年(1903年)に重要文化財、昭和28年(1953年)に国宝に指定された。裳階を回した外観は二層に見えるが、実際は一重。細部の反りと組物の密度を、少し離れて眺めたい。 【山門】安永2年(1773年)の建立で、二重櫓造り。高杉晋作が決起したのはこの門の前である。騎馬像はここを見て立っている。 【高杉晋作の騎馬像】馬上で刀を握り、いままさに駆け出そうとする姿。挙兵の瞬間を写したもので、境内でもっとも写真に撮られている。 【書院と五卿潜居の間】三条実美ら五卿が身を寄せた部屋が残る。拝観は有料(大人300円)。高杉が盃を受けたのはこの建物の中である。 【長府毛利家墓所】長府藩歴代藩主九人の墓が並ぶ。大内氏が終わり、毛利氏が続いた——この寺の来歴がそのまま形になっている場所。 【紅葉】周囲を樹々に囲まれているため、下関でも紅葉が遅い。例年11月下旬から12月上旬が見頃で、県内外から人が集まる。苔の庭とあわせて、この寺がもっとも美しい季節である。 【城下町長府を歩く】功山寺の周辺は長府藩の城下町がそのまま残る一帯で、練塀の続く古江小路、長府毛利邸、下関市立歴史博物館などが徒歩圏にある。この寺だけを見て帰るのは惜しい。
年中行事・お祭り
【紅葉】例年11月下旬〜12月上旬 境内が樹々に囲まれているため下関でも色づきが遅く、12月に入っても見頃が続くことがある。 寺の法要や記念行事については確かな公開情報が得られなかったため、ここには記載していません。開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式の案内でご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
釈迦如来
社格
曹洞宗・国宝仏殿
創建
嘉暦2年(1327年)創建、当初は長福寺
ご利益
厄除け家内安全
テーマ
庭園パワースポット
基本情報
住所
山口県下関市長府川端1-2-3
参拝時間
境内は見学自由。書院の拝観は9:00〜17:00、大人300円・中高生100円・小学生以下無料。一般用の駐車場はないので、公共交通機関か周辺の駐車場を利用のこと。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR長府駅からバスで約10分、「城下町長府」下車、徒歩約10分。JR下関駅からはバスで約23分、同じく「城下町長府」下車。中国自動車道 下関ICから車で約15分。境内に一般駐車場はない。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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