この寺について
真言宗豊山派の寺院で、山号は東山(とうざん)、院号は瑠璃光院(るりこういん)。四国八十八箇所第50番札所。本尊は薬師如来。天平勝宝年間(749年から757年ごろ)、孝謙天皇(こうけんてんのう)の勅願により行基(ぎょうき)が開いたと伝わる。松山市東方の高台に位置し、境内から松山市街や松山城、瀬戸内海までを一望できる。桜や紅葉の名所としても知られる。
歴史・由来
この寺の歴史を語る鍵は、天皇や将軍からたびたび厚い信頼を寄せられてきた歩みにある。
寺伝によれば、天平勝宝年間(749年から757年ごろ)、孝謙天皇の勅願を受けた行基がこの地に寺を開き、当初は「光明寺」と称した。のちの弘仁(こうにん)年間(810年代)、この地に留まって修行した弘法大師(こうぼうだいし)空海が、寺号を「東山繁多寺」に改めたと伝わる。開創のとき天皇から数多くの旛(はた)を賜ったことにちなんで名づけられたという説も残る。
鎌倉時代には、伊予国(いよのくに)出身で時宗(じしゅう)の開祖・一遍(いっぺん)上人がこの寺で学問修行をしたと伝えられ、正応元年(1288年)には亡き父をしのんで浄土三部経を奉納したという。
江戸時代には、寵湖(ちょうこ)という高僧が徳川家の信頼を得たことから、四代将軍・徳川家綱の念持仏(ねんじぶつ)三体のうちの一つ「歓喜天(かんぎてん)」が、本堂脇の聖天堂に祀られることとなった。これにより寺は一時大いに栄えたという。令和6年(2024年)6月には、境内が国指定史跡「伊予遍路道」に加わることが文化審議会で答申された。
見どころ・特徴
【聖天堂の歓喜天】四代将軍・徳川家綱の念持仏であったと伝わる歓喜天を祀るお堂。厄除け、夫婦和合、商売繁盛のご利益があるとされ、多くの参拝者が訪れる。
【眺望】高台に位置し、境内からは松山城をはじめ松山市街、瀬戸内海までを一望できる。桜や紅葉の季節も美しい。
【梵鐘】元禄9年(1696年)に鋳造された梵鐘が伝わる。
【天井絵】中国の故事「二十四孝」をモチーフにした天井絵が本堂に残る。
学び・特徴
主祭神
薬師如来
社格
四国八十八箇所第50番札所。
創建
天平勝宝年間(749年から757年ごろ)
ご利益
健康・病気平癒厄除け
テーマ
夜景・眺望パワースポット
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
愛媛県松山市畑寺町32
参拝時間
納経受付は7時から17時まで。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
伊予鉄バス10番線「繁多寺口」バス停から徒歩約10分。車の場合も駐車場がある(無料、通年無休)。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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