この寺について
真言宗御室派の別格本山で、四国八十八ヶ所霊場の第80番札所。天平13年(741)の聖武天皇の詔によって全国に建てられた国分寺のひとつで、境内そのものが国の特別史跡「讃岐国分寺跡」に指定されている。奈良時代の七重塔や金堂の礎石が地面の上にそのまま並び、その隣で鎌倉時代の本堂が今も現役で使われている。本堂・銅鐘・木造千手観音立像の3件が国の重要文化財。
歴史・由来
【この寺を理解する鍵】
讃岐国分寺を理解する鍵は、足元にある。今立っている本堂は鎌倉時代のものだが、その周りの地面には、それより500年も前の奈良時代の建物の土台がごろごろと残っている。ここは「今も使われているお寺」であると同時に「国が指定した特別史跡」でもある。日本でこの二つを兼ねる場所は多くない。
【国が全国に建てた寺として始まった】
天平13年(741)2月14日、聖武天皇(しょうむてんのう)は「国分寺建立の詔(みことのり)」を出した。当時は伝染病や争乱が続き、国が荒れていた。天皇は仏教の力で国を安定させようと考え、全国の国ごとに国分寺と国分尼寺を建てさせた。讃岐国分寺もそのひとつである。
寺に伝わる話では、行基(ぎょうき)が丈六(じょうろく、約4.8m)の十一面千手観世音菩薩(じゅういちめんせんじゅかんぜおんぼさつ)を刻んで開いたとされ、のちに弘法大師(こうぼうだいし)空海が訪れて本尊を修理し、霊場に定めたと伝えられる。これらは寺伝で、史料で確かめられる話ではない。
【奈良時代の伽藍はどれくらい大きかったか】
高松市の発掘調査によれば、創建当時の寺の敷地は東西約220m、南北約240m。金堂(こんどう、本尊を祀る中心の建物)は桁行7間・約28m、梁行4間・約14m。七重塔(しちじゅうのとう)はおよそ10m四方の基礎を持っていた。
塔の礎石(そせき、柱を載せる石)は15個、金堂の礎石は32個が今も残る。1mを超える巨石もあり、掘り返された遺跡ではなく、地面の上に並んだままの姿で見られるのがこの寺の特徴である。保存状態が良いことから、昭和27年(1952)に国の特別史跡に指定された。
【衰えと、鎌倉時代の建て直し】
律令国家の力が弱まると、国が支えていた国分寺は各地で衰えていった。讃岐国分寺も同じ道をたどり、中世には再建が試みられる。
今の本堂はこのとき建てられたもので、明治37年(1904)に重要文化財に指定された。桁行五間・梁間五間、入母屋造・本瓦葺。興味深いのは、この本堂を支える30個の礎石について、かつての講堂(こうどう)の礎石を動かして使い、規模を縮めて建てた可能性が指摘されていることである。国家の大寺が、身の丈に合わせて小さく建て直された跡ということになる。
【鐘が城へ行って、帰ってきた話】
境内の梵鐘(ぼんしょう)は国の重要文化財で、香川県内に残る鐘としては最も古い。
慶長14年(1609)、讃岐を治めていた生駒一正(いこまかずまさ)がこの鐘の音を気に入り、城の時報にしようと高松城へ持ち帰った。ところが城ではまったく鳴らず、城内で不思議なことが続き、一正も病に倒れる。毎夜、鐘が一正の夢枕に立って「国分寺へいぬ(=国分寺へ帰る)」と泣いたという。同じ年の3月、鐘は寺へ返された。
「鐘がものいうた 国分の鐘が もとの国分へいのうというた」という歌が残り、寺にはこのときの証文が今も伝わると公式サイトは記している。伝説の形をとってはいるが、鐘が実際に城へ運ばれて戻された出来事そのものは、高松市の文化財解説にも記されている史実である。
【今の姿】
現在は真言宗御室派(しんごんしゅうおむろは)の別格本山(べっかくほんざん)。山号は白牛山(はくぎゅうざん)、院号は千手院(せんじゅいん)。四国八十八ヶ所霊場の第80番札所として、一年中お遍路さんが訪れる。
見どころ・特徴
【七重塔と金堂の礎石】境内に奈良時代の礎石がそのまま並んでいる。七重塔の礎石は15個、金堂の礎石は32個。1mを超える巨石もある。柵の向こうの遺跡ではなく、歩いて近づける距離に転がっているので、奈良時代の建物の大きさを足で測るように実感できる。ここが「四国で唯一の国指定特別史跡」(寺の公式サイトによる)と言われるゆえんである。
【本堂(重要文化財)】鎌倉時代の建立。桁行五間・梁間五間、入母屋造・本瓦葺。明治37年(1904)指定。本尊を安置しており、今も法要が行われている現役の建物である。
【木造千手観音立像(重要文化財)】本尊。高さ5mを超える丈六の大きな立像で、平安時代後期の作。木造・彫眼・彩色で、腕は42本。十一面観音としての性格も併せ持つ。明治34年(1901)指定。
【銅鐘(重要文化財)】昭和19年(1944)指定。香川県に残る鐘では最古とされる。生駒一正が高松城へ持ち去り、返したという話が伝わる鐘そのものである。
【THE FIRST BUTSUZO(大日如来堂)】住職が10年以上かけて構想した、現代的な大日如来(だいにちにょらい)像とその礼拝空間。公開は4月・5月・10月・11月の日曜日のみ、9:30〜12:00と13:30〜16:00で、拝観料1,000円(高校生以下500円)。それ以外の時期・曜日でも、お堂の正面の大きなガラス越しに一年中無料で見ることができる。
【境内をひと回りする】仁王門(におうもん)、大師堂、千体地蔵堂、閻魔堂(えんまどう)、春日神社、良縁社、ミニ八十八ヶ所巡りなどが並ぶ。さぬき七福神の弁財天(べんざいてん)も祀られている。境内はほぼ段差がなく、車椅子でもひと通りお参りできると公式サイトは案内している。
学び・特徴
主祭神
十一面千手観世音菩薩
社格
真言宗御室派 別格本山。四国八十八ヶ所霊場 第80番札所(前は第79番天皇寺、次は第81番白峯寺)。境内は国の特別史跡「讃岐国分寺跡」。重要文化財3件(本堂・銅鐘・木造千手観音立像)。
創建
天平13年(741)の国分寺建立の詔による(正確な創建年は不明)
テーマ
パワースポット
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
香川県高松市国分寺町国分2065
参拝時間
8:00〜17:00(入山は16:30まで)
拝観志納 お一人200円(任意)
大日如来堂(THE FIRST BUTSUZO)の拝観は4月・5月・10月・11月の日曜のみ、9:30〜12:00/13:30〜16:00、1,000円(高校生以下500円)。それ以外はお堂前のガラス越しに無料で拝観可。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR国分駅(予讃線)から徒歩約4分。国分駅へはJR高松駅・坂出駅から普通列車で約14分。
関西方面からは高速バス(フットバス)が直通。停留所から徒歩約12分。
車は府中湖ICから約9分、高松檀紙ICから約12分。高松空港からは車で約30分。
駐車場は山門前に無料。普通車20台、大型バスも駐車可能。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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