この神社について
千葉市中央区にある、北辰妙見尊星王(ほくしんみょうけんそんじょうおう)を主祭神とする神社です。北極星と北斗七星の神さまで、「妙見様」と親しまれ、厄除開運・八方除(はっぽうよけ)の神社として知られています。一階と二階に拝殿をもつ、日本初の重層社殿があります。
歴史・由来
この社を知る鍵は、千葉氏の守り神である妙見様と、寺から神社へと変わっていった歩みです。
【千葉氏と妙見様】平良文(たいらのよしふみ)を祖とする千葉氏は、一族の守り神として妙見様を祀りました。千葉の香取山に妙見様の御分霊(ごぶんれい)を祀る祠(ほこら)が建てられ、一条天皇(いちじょうてんのう)の眼病が治ったことをきっかけに、「北斗山金剛授寺」という寺号が贈られたと伝わります。
【中興開山】長保2年(1000年)旧暦9月13日、忠常(ただつね)公が北斗山金剛授寺を中興開山(ちゅうこうかいざん)したと、神社では伝えています。この年を、神社は開創の年としています。
【亥鼻の城と妙見大祭】大治元年(1126年)、亥鼻城(いのはなじょう)が構えられ、妙見様の御本霊が北斗山金剛授寺へ遷されました。翌年の大治2年(1127年)から、御分霊を神輿にのせて亥鼻城の麓へ向かう妙見大祭が始まり、以後途切れることなく続いていると伝わります。
【寺から神社へ】江戸時代までは、「北斗山金剛授寺」「千葉の妙見寺」「尊光院」などと呼ばれる寺でした。明治2年(1869年)、神仏分離令により、神輿渡御が神社の様式だったことから、「千葉神社」と改称して神社になりました。
【戦災と再建】昭和20年(1945年)の空襲で社殿と神輿を焼失しました。終戦の翌日の8月16日にも、例祭を行ったと神社は伝えています。昭和29年(1954年)に社殿が再建され、平成2年(1990年)の平成の大造営で、現在の重層社殿が完成しました。
見どころ・特徴
【日本初の重層社殿】平成2年(1990年)の平成の大造営で完成した、上下に二つの拝殿をもつ社殿です。日本初の重層社殿とされています。
【尊星殿】平成10年(1998年)に完成した、楼門の形をした分霊社です。中央の福徳殿、東の日天楼(にってんろう)、西の月天楼(がってんろう)、上階の開運殿から成ります。
【妙見延寿の井】妙見池の水源となっている霊泉で、一願成就の霊泉として知られています。お水取りは開門時間内に限られ、一人2リットルまでです。
【千葉天神】菅原道真(すがわらのみちざね)をまつる摂社で、県内最大の天神様のお社とされています。受験合格の祈願が行われています。昭和29年(1954年)に再建された旧本殿が、祈祷殿として移築されています。
【妙見池と境内社】妙見池の周りに、14社の末社が並びます。
【戦火を免れた手水舎】明治時代の手水舎(ちょうずや)は、昭和20年(1945年)の空襲を免れました。
年中行事・お祭り
【妙見大祭】例年8月16日から22日までの7日間。大治2年(1127年)に始まり、千葉市を代表する夏の祭礼として、一言妙見大祭とも呼ばれます。16日に神輿が神社を出て、亥鼻山の麓の御仮屋(おかりや)へ向かいます。22日は妙見様のご縁日で、神輿が神社へ戻ります。7日間は、北斗七星にちなんで、七つの星それぞれに願いを掛けるお祭りとされています。令和8年(2026年)は第900回にあたります。神輿渡御は千葉市の市指定文化財(無形民俗文化財)です。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
北辰妙見尊星王(天之御中主大神)経津主命日本武尊命
社格
旧県社・別表神社
創建
創建年は不詳。長保2年(1000年)に前身の北斗山金剛授寺が中興開山されたことを、神社は開創の年としている
ご利益
厄除け八方除け出世・仕事
基本情報
住所
千葉県千葉市中央区院内1-16-1
参拝時間
開門時間は6時から18時。初詣・節分・夏の例祭などの特別な日は、開門時間が変わる場合があります。御朱印の授与は9時から17時です。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR千葉駅・京成千葉駅から徒歩約10〜11分です。神社に無料の駐車場はなく、近隣の有料駐車場を利用します。車では、穴川インターチェンジから約4.5キロメートルです。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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