この寺について
四国八十八ヶ所霊場の第12番札所。標高938メートルの焼山寺山、その八合目あたりに建つ山寺です。札所そのものの標高はおよそ706メートルで、四国霊場のなかでも指折りの高さ。11番札所の藤井寺から続く山道は徒歩で6時間から8時間かかり、「一に焼山(しょうさん)、二にお鶴(つる)、三に太龍(たいりゅう)」と歌われる阿波(あわ)の三難所の筆頭、いわゆる「遍路ころがし」として知られます。境内には徳島県の天然記念物に指定された杉の巨木が立ち並び、本尊は虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)。藤井寺からここへ続く遍路道は、国の史跡「阿波遍路道」に指定されています。
歴史・由来
焼山寺の名を読み解く鍵は、一匹の大蛇にあります。
寺に伝わる話では、はじまりは飛鳥時代の大宝年間(701〜704)。役行者(えんのぎょうじゃ、役小角)がこの山を開き、庵(いおり)を結んで蔵王権現(ざおうごんげん)を祀ったとされます。
のちに弘法大師(こうぼうだいし、空海)がこの地を訪れたとき、山には神通力を持ち、火を吐いて村人を襲う大蛇が棲みついていました。大師が退治に向かうと、大蛇は全山に火を放って行く手をはばみます。大師は摩廬(まろ)——水を意味する印を結びながら火のなかを進み、ついに大蛇を山頂の岩窟(がんくつ)へ追い詰めました。そこで虚空蔵菩薩と三面大黒天(さんめんだいこくてん)に祈ると、大蛇を岩窟のなかへ封じ込めることができたといいます。
お礼にと大師が虚空蔵菩薩を刻んで本尊とし、一寺を建てた。それがこの寺です。山号の「摩廬山」は大師が結んだ印から、寺号の「焼山寺」は燃えあがった山から——山号も寺号も、この大蛇の話に由来しています。
その後、鎌倉時代の終わりごろには後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の勅願所(ちょくがんじょ)となり、足利尊氏(あしかがたかうじ)もこの寺を祈願所と定めました。江戸時代には徳島藩主の蜂須賀(はちすか)家が厚く帰依しています。
いま奥の院へ登る道の途中には「大蛇封じ込めの岩」と呼ばれる岩が残り、山頂には役行者が祀った蔵王権現の祠(ほこら)が建っています。開いた行者の神と、封じられた大蛇。その両方が、いまもこの山にいます。
見どころ・特徴
【三面大黒天堂】本堂に向かって左に建つお堂です。祀られる三面大黒天は、中央に大黒天、右に毘沙門天(びしゃもんてん)、左に弁財天(べんざいてん)と三つの顔を持つ珍しい像で、弘法大師の作と伝わります。秘仏のため、ふだんは前立(まえだち)の像を拝みます。すべての災いを取り除き、幸福をもたらすとして信仰を集めてきました。山中の大聖歓喜天堂から移された歓喜天も、ここに合祀されています。
【県の天然記念物の杉並木】幹まわり5メートル前後の巨木が、山門の付近に約40本、本堂の西南に約15本、奥の院へ向かう山中に100本あまり。推定樹齢はおよそ300年です。昭和37年(1962)1月16日に徳島県の天然記念物に指定されました。同じ日に、境内のフジの群生地も指定されています。
【本堂と大師堂】本尊の虚空蔵菩薩坐像と弘法大師坐像は、本堂の裏手の斜面にある収蔵庫に収められています。本堂と大師堂で拝むのは、それぞれの前仏(まえぼとけ)です。大師堂は平成20年(2008)に新しく建てられました。
【県指定の弘法大師坐像と梵鐘】弘法大師坐像は像高79センチ、寄木造(よせぎづくり)で水晶の目を入れたもの。1400年の彩色銘が残り、昭和48年(1973)11月9日に県の有形文化財に指定されました。梵鐘(ぼんしょう)は高さ103センチ・口径51センチの銅鐘で、慶安二年(1649)の作。昭和59年(1984)8月3日の指定です。
【十二社神社と石造の多宝塔】大師堂の右手に立つ十二社神社は創立の年代がわかっていません。もとは熊野十二社権現を祀り、明治のはじめからは天神七代・地神五代の十二神を祀ります。境内にはめずらしい石造の多宝塔もあり、大日如来を祀っています。
【国の史跡になった遍路道】藤井寺から焼山寺へ至る「焼山寺道」と、焼山寺から13番大日寺へ向かう「一宮道」の一部が、国の史跡「阿波遍路道」に指定されています(平成28年〈2016〉10月3日・平成30年〈2018〉2月13日)。焼山寺道の指定区間には、34基の丁石(ちょういし)、2基の道標、20基の遍路墓が残ります。
【奥の院と大蛇封じ込めの岩】本坊の左奥にある登山口から、焼山寺山の頂上まで約1.1キロメートル、徒歩でおよそ1時間。登山口から450メートルのところに「大蛇封じ込めの岩」があり、頂上(標高938メートル)には蔵王権現を祀る奥の院の祠が建ちます。途中には竜王窟(りゅうおうくつ)や「目洗い大師」もあります。
【杖杉庵】焼山寺から約1キロメートル下ったところにある番外霊場です。四国遍路のはじまりを語り伝える衛門三郎(えもんさぶろう)が息を引き取った地とされ、神山町の史跡に指定されています。納経印は焼山寺で受けられます。
【参道の石像】大駐車場から山門までの約500メートルの参道には、布袋尊(ほていそん)・鬼子母神(きしもじん)・十三仏の大きな石像が並びます。
【訪ねかた】藤井寺から歩くなら6時間から8時間。標高差が大きく、道中に売店はありません。水と食べものを用意して、朝のうちに出発するのが安心です。
年中行事・お祭り
【おこもり法要】例年8月30日
日が落ちると、境内におびただしい数の灯籠が灯されます。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
虚空蔵菩薩
社格
高野山真言宗。正式には摩廬山 正寿院 焼山寺(まろざん しょうじゅいん しょうさんじ)。四国八十八ヶ所霊場の第12番札所で、「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」と歌われる阿波の三難所の筆頭です。鎌倉時代の終わりごろには後醍醐天皇の勅願所となり、のちに足利尊氏の祈願所、江戸時代には徳島藩主・蜂須賀家の帰依を受けました。
創建
寺に伝わる話では、飛鳥時代の大宝年間(701〜704)に役行者(役小角)がこの山を開き、蔵王権現を祀ったのがはじまりとされます。弘仁六年(815)、弘法大師が大蛇を岩窟に封じ、虚空蔵菩薩を刻んで本尊とし、一寺を建てたと伝わります。四国八十八ヶ所霊場会は、創建を弘仁六年(815)、開基を役行者小角としています。
ご利益
知恵学業・合格開運招福厄除け
テーマ
四国遍路山・登拝国史跡巨木・御神木
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
徳島県名西郡神山町下分字中318
参拝時間
納経所の受付は午前8時から午後5時まで。四国八十八ヶ所霊場会の規定により、令和6年(2024)4月1日から受付開始が午前7時から午前8時に変更されました。
納経は一人一冊が厳守とされている札所です。
本尊の虚空蔵菩薩と弘法大師坐像は本堂裏の収蔵庫に納められており、本堂・大師堂で拝むのはそれぞれの前仏です。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
【車】徳島県道43号神山川島線の鍋岩(なべいわ)から約12キロメートル。山門まで約500メートルのところに大駐車場があり、道路の管理費がかかります。
【電車・バス】JR徳島線の鴨島(かもじま)駅から約15.7キロメートル。徳島駅から徳島バスの神山線・佐那河内(さなごうち)線で「神山高校前」下車、そこから約7.5キロメートル。いずれも駅・バス停から距離があるため、車かタクシーの利用が現実的です。
【歩き遍路】11番札所の藤井寺から、長戸庵(ちょうどあん)、柳水庵(りゅうすいあん)、浄蓮庵(じょうれんあん、一本杉庵)、左右内(そうち)集落を経て約12.9キロメートル。徒歩でしか通れない山道で、6時間から8時間かかります。
【次の札所へ】13番大日寺へ向かう道は「一宮道」と名を変えます。約1キロメートル下ると杖杉庵があります。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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