TabiShiri
寺 御朱印 阿波市

切幡寺

きりはたじ

この寺について
高野山真言宗、四国八十八箇所第十番札所。 本尊は千手観世音菩薩。「はたきり観音」の伝説で知られる女人即身成仏の霊場で、機織の娘が弘法大師の導きによって千手観音に化身したと伝わる。山頂の本堂へは333段の石段を登る。境内の大塔(国指定重要文化財)は豊臣秀頼が建立した桃山時代の遺構で、初層・二層ともに方形という全国唯一の二重塔。

歴史・由来

この寺を理解する鍵は、「布を切る」というひとつの所作が生んだ奇跡の伝説にある。 寺伝によれば、弘法大師空海が四国を巡錫していた弘仁年間(810〜824年)のこと。ほころびた僧衣を繕う布を求めた空海に、ひとりの機織の娘が、織りかけの布を躊躇なく切り裂いて差し出した。感激した空海が願いを聞けば、「亡き父母の供養に千手観音像を彫ってほしい」とのことだった。その場で像を刻み、娘を得度させ灌頂を授けると、娘は七色の光を放ちながら即身成仏して千手観音の姿になったという。山号「得度山」、院号「灌頂院」、寺号「切幡寺」はいずれもこの伝説に由来する。 空海の奏上により嵯峨天皇の勅願で堂宇が建立された。自ら彫った千手観音を南向きに、娘が化身した千手観音を北向きに安置したのが開基の姿とされる。「女人即身成仏の寺」として古くから女性参拝者の信仰を集めてきた。 最盛期には堂塔伽藍24坊を擁する大寺院だったが、天正年間(1573〜1592年)に長宗我部元親の兵火で全焼。さらに明治42年(1909年)に再び火災に見舞われ、大塔を除く伽藍を失った。現在の伽藍はその後再建されたものである。 唯一難を逃れた大塔は、徳川家康の勧めにより豊臣秀頼が父・秀吉の菩提を弔うため慶長12年(1607年)、大坂・住吉大社の神宮寺(新羅寺)の西塔として建立したもの。明治初年の廃仏毀釈で新羅寺が廃されたため、明治6年(1874年)から明治15年(1883年)にかけて切幡寺境内の山頂へ移築された。初層・二層ともに方形という形式は日本国内で唯一現存するものであり、昭和50年(1975年)に重要文化財に指定されている。

見どころ・特徴

【333段の石段と「阿波の難所」】仁王門から本堂までの石段は333段。99段目には「経木場」、その先に「女厄坂」「男厄坂」と呼ばれる急登が続き、四国遍路の難所のひとつに数えられる。登り切った先の境内からは吉野川の平野と、遠く12番焼山寺の山並みを望むことができる。 【はたきり観音像】右手にハサミ、左手に布を持つ独自の姿の観音像。機織の乙女が即身成仏した伝説を象り、本堂のそばに立つ。全国でも珍しい「女人即身成仏」の聖地として、女性参拝者に古くから親しまれてきた。 【日本唯一の形式を持つ大塔(重要文化財)】慶長12年(1607年)建立、桃山時代の豊臣秀頼ゆかりの二重塔。初層・二層ともに方形(五間二重塔婆、本瓦葺き)という形式は現存する塔では日本唯一。高さ24.168m。石段を登りきった高台に立ち、足元に吉野川平野を一望できる。 【本堂の三重構造と秘仏】本堂は拝殿土間・本堂・奥殿の三重構造。本堂には大塔の旧本尊だった大日如来が安置され、奥殿の秘仏千手観世音菩薩は通常非公開。 【奥の院・八祖大師堂】大塔のさらに奥に位置する真言宗八祖を祀る堂。肖像画と像が安置される、境内最奥の静寂な空間。奥の院として扱われている。
年中行事・お祭り
【経木流し】例年3月・9月の彼岸中日(春分の日・秋分の日)ごろ。先祖の戒名などを経木に書き、清水をかけて流して供養する伝統の彼岸行事。境内の経木場にて実施。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
千手観世音菩薩
社格
高野山真言宗・四国八十八箇所第十番札所・阿波西国三十三観音霊場(東部)第28番札所
創建
弘仁年間(810〜824年)、空海(弘法大師)開基、嵯峨天皇勅願
ご利益
縁結び子宝・安産健康・病気平癒
テーマ
山・登拝パワースポット重要文化財
この場所を巡る軸
基本情報
住所
徳島県阿波市市場町切幡観音129
参拝時間
7:00〜17:00(納経所受付時間)

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
【鉄道】JR徳島線「市場(いちば)」駅から徒歩約30分(タクシー利用可)。「鴨島」駅から車で約20分。 【車】高松自動車道「土成IC」から約7.9km。 駐車場: 山門脇に約20台(無料)。さらに上段に約10台(急坂のため普通車まで、無料)。宿坊なし。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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