
この寺について
四国八十八ヶ所霊場の第2番札所で、高野山真言宗(こうやさんしんごんしゅう)の寺。
本尊の木造阿弥陀如来坐像(もくぞうあみだにょらいざぞう)は鎌倉時代の作で、国の重要文化財に指定されています。古くから「安産祈願の本坊(ほんぼう)」として知られ、子授け・安産を願う人が全国から訪れます。境内には弘法大師(こうぼうだいし)お手植えと伝わる大杉「長命杉(ちょうめいすぎ)」がそびえ、紅白の紐(ひも)を通してその生命力を分けてもらう作法が伝わります。
歴史・由来
この寺の歴史をたどる鍵は、山号の「日照山(にっしょうざん)」という名にあります。
寺に伝わる話では、極楽寺を開いたのは奈良時代の僧・行基(ぎょうき)。のちに弘法大師(こうぼうだいし、空海)がこの地を訪れ、二十一日間にわたって『阿弥陀経(あみだきょう)』を読み続ける修行を行いました。その願いが満ちた日、阿弥陀如来(あみだにょらい)が姿を現したと伝えられます。大師はその姿を忘れないうちにと、すぐさま刀を取って阿弥陀如来を彫り上げ、この寺の本尊として納めました。
ところが、その本尊から放たれる光が、遠く鳴門の長原沖(ながはらおき)まで届いてしまいます。海が明るすぎて漁ができない。困った漁師たちは、光をさえぎろうと本堂の前に小山を築きました。すると、それからは大漁が続いたといいます。「日照山」という山号は、この言い伝えにちなむものです。
もうひとつ、この寺の名を全国に広めたのが安産の霊験(れいげん)でした。大師が修行していたころ、難波(なにわ、いまの大阪)で難産に苦しんでいた女性が、大師の祈りによって無事に出産したという話が伝わり、以後この寺は安産祈願の本坊として信仰を集めます。明治のころには、四国遍路(へんろ)の途中でこの寺まで来て産気づいた女性が、大師のお告げを受けた途端におさまり、そのまま八十八ヶ所をまわり終えて無事に男の子を産んだという話も加わりました。感謝した女性が奉納したのが、いま境内の本堂右手に立つ「安産修行大師(あんざんしゅぎょうだいし)」の像です。
天正年間(1573〜1592)、四国へ攻め入った長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)の軍の兵火で建物は焼けたと伝えられますが、寺自身は「その真偽は定かではない」としています。いま建つ本堂は、万治二年(1659)に再建されたものです。
見どころ・特徴
【長命杉】境内にそびえる大杉。弘法大師が二十一日間の修行を終えたあと、この寺を末永く守るようにと願いをこめて自ら植えたと伝わります。寺の説明では樹高30メートル余り、幹まわりは6メートルを超え、樹皮の深い亀裂が龍のうろこを思わせます。鳴門市の天然記念物。いまは保護のため柵が設けられ、幹に結ばれた紅白の紐に触れて霊気を受ける作法になっています。当病平癒(とうびょうへいゆ)と長寿を願う人が絶えません。
【安産修行大師と子授招福大師】本堂の右手に立つのが、安産の霊験に感謝した女性が奉納した安産修行大師像。もう一体、子どもを抱いた姿の「子授招福大師(こさずけしょうふくだいし)」は、大阪の信者の講によって勧請(かんじょう)されたもので、平成十五年(2003)の造像です。子を抱くお大師さまの像は全国でもめずらしいものです。
【願かけ地蔵】仁王門を入ってすぐ正面で迎えてくれるお地蔵さま。「願かけさん」と呼ばれ、願いをかなえてくれる仏として古くから親しまれてきました。宝暦八年(1758)に造られた地蔵菩薩半跏像(じぞうぼさつはんかぞう)です。納経所で絵馬を授かって願いを書き、奉納することができます。
【抱き地蔵(おもかる地蔵)】本堂と大師堂のあいだに安置されたお地蔵さま。持ち上げてみて軽ければ願いはかないやすく、重ければかないにくい、と伝えられます。信者の手でいつも化粧や衣が整えられています。
【仁王門】昭和四十八年(1973)に建てられた、朱塗りあざやかな二階建ての門。左右に立つ仁王像は江戸時代の作で、寄木造(よせぎづくり)に水晶の目を入れた本格的なもの。向かって右の阿形像(あぎょうぞう)は高さ約110センチです。
【観音堂と薬師堂】本堂への石段をはさんで、右に観音堂、左に薬師堂が向かい合います。観音堂は江戸時代中期のものとみられる三間四方の美しいお堂で、千手観音(せんじゅかんのん)を祀(まつ)り、阿波西国三十三観音霊場の第21番札所になっています。薬師堂は阿波北嶺薬師霊場の第11番札所です。
【鐘楼堂と仏足石】鐘楼堂(しょうろうどう)の鐘は昭和四十八年に建てられたもので、参拝者が自由に撞(つ)けます(一人一回)。本堂への階段の下には、お釈迦(しゃか)さまの足跡をかたどった仏足石(ぶっそくせき)があり、自由に触れることができます。足腰の健康にご利益があるといわれます。
【本尊は秘仏】国の重要文化財である本尊の阿弥陀如来坐像は秘仏(ひぶつ)で、ふだんは公開されていません。像の高さは84センチ、漆と金箔(きんぱく)で仕上げられた鎌倉時代の作です。
年中行事・お祭り
【星祭(ほしまつり/節分)】例年2月3日
本堂で早朝から行われます。その年の星をまつり、災いを避け、よい年をさらによくするよう祈る行事です。祈祷札の申し込みは1月末日までに受け付けています。
【花祭り】例年4月8日
お釈迦(しゃか)さまの誕生日を祝う行事。本堂への階段の下、仏足石の前に花御堂(はなみどう)を飾り、甘茶をお供えしたあと、参詣者に甘茶が振る舞われます。
【盂蘭盆会】例年8月16日
先祖を供養する法要です。
【水子大法会】例年9月23日(秋の彼岸の中日)午前10時から
境内の水子地蔵の前で、読経と永代過去帳の読み上げ、住職の法話が行われます。11時30分ごろまで。毎年100人ほどが参詣し、たいへん混み合います。
【人形供養祭】例年10月
2026年(令和8年)は10月10日(土)を予定しています。
【除夜の鐘】12月31日 午後11時55分ごろから
境内の鐘楼堂で108回の鐘をつきます。参詣した人も撞くことができます。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
阿弥陀如来
社格
高野山真言宗。正式には日照山無量寿院極楽寺(にっしょうざん むりょうじゅいん ごくらくじ)。四国八十八ヶ所霊場 第2番札所のほか、阿波西国三十三観音霊場 第21番札所、阿波北嶺薬師二十四ヶ所霊場 第11番札所を兼ねています。
創建
寺に伝わる話では、奈良時代に僧・行基(ぎょうき)が開いたとされます。弘仁六年(815)に弘法大師(空海)がこの地で二十一日間の修行を行い、本尊の阿弥陀如来を刻んだと伝えられますが、これは寺を開いた年ではなく、本尊にまつわる言い伝えです。国の重要文化財である本尊の阿弥陀如来坐像は、美術史のうえでは鎌倉時代の作とされています。
ご利益
子宝・安産健康・病気平癒長寿厄除け
テーマ
四国遍路重要文化財巨木・御神木パワースポット
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
徳島県鳴門市大麻町桧字段の上12
参拝時間
境内は開門・閉門の時間がなく、お参りだけならいつでも参拝できます。
納経所(御朱印)の受付は午前8時から午後5時まで。四国八十八ヶ所霊場会の規定により、令和6年(2024)4月1日から受付開始が午前7時から午前8時に変更されました。
ご祈祷(安産祈願・子授祈願・厄除けなど)の受付は午前9時から午後3時30分まで。待ち時間を減らすため、日時を決めたうえでの予約を寺がすすめています。予約や問い合わせは寺へ直接お問い合わせください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
【電車】JR高徳線の阿波川端(あわかわばた)駅から徒歩約20分。板東(ばんどう)駅からは徒歩約30分です。
【バス】鳴門市営バスの「極楽寺前」バス停で下車。高速バスを使う場合は鳴門西バス停で降りて徒歩約15分です。
【車】高松自動車道の板野インターチェンジから約5分、徳島自動車道の藍住インターチェンジから約10分、鳴門インターチェンジから約25分。
【駐車場】無料。普通車40台、大型車10台。
宿坊(しゅくぼう)は営業を終了しています。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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