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寺 御朱印曹洞宗・九州四十九院薬師霊場第26番札所・島津義弘の菩提寺 日置市

妙円寺

みょうえんじ

別名:法智山妙円寺(ほうちざんみょうえんじ)

この寺について
戦国武将・島津義弘(しまづよしひろ)の菩提寺(ぼだいじ:先祖の供養をするお寺)として知られる、曹洞宗(そうとうしゅう)のお寺です。山号は法智山(ほうちざん)、本尊は釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)。関ヶ原の戦いの苦難をしのんで薩摩の若者たちが夜通し歩いてお参りした「妙円寺詣り(みょうえんじまいり)」発祥の寺で、九州四十九院薬師霊場の第26番札所でもあります。

歴史・由来

【義弘が眠る寺】 妙円寺を理解する鍵は、島津義弘がこの寺を自分の菩提寺と定めたことです。 【室町時代のはじまり】 妙円寺は元中7年(1390)、石屋真梁(せきおくしんりょう)を開山(かいさん:初代住職)として開かれた禅寺です。 【義弘と妙円寺】 島津家17代の島津義弘は、この寺を自らの菩提寺に定め、生前に自分の木像を納めました。義弘は慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いで、敵のまっただ中を突っ切って薩摩へ帰りつく「退き口(のきぐち)」で知られる武将です。 【妙円寺詣りの誕生】 義弘の死後、薩摩藩の若者たちは関ヶ原の苦難をしのび、鹿児島の城下から伊集院の妙円寺まで往復約40キロを、夜を徹して歩いてお参りしました。心と体をきたえるこの参拝が「妙円寺詣り」の始まりです。 【廃寺と再興】 明治2年(1869)、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく:仏教を排除しようとした動き)で妙円寺は廃寺となりました。同じ年の12月、その跡地に義弘の木像をご神体とする徳重神社(とくしげじんじゃ)が建てられます。妙円寺は明治13年(1880)に今の場所で再興され、いまも義弘の菩提を弔っています。

見どころ・特徴

【島津義弘の位牌】本堂には島津義弘の位牌がまつられています。 【徳重神社とあわせて】寺のかつての境内には、義弘をまつる徳重神社が建っています。妙円寺詣りの歴史をたどるなら、両方をお参りするのがおすすめです。
年中行事・お祭り
【妙円寺詣り】例年10月の第4土曜・日曜 関ヶ原の戦いの苦難をしのんで歩いてお参りする伝統行事です。かつては旧暦9月14日に行われていましたが、平成5年からは10月の第4土・日曜に開かれています。鹿児島市内から約20キロを歩く参拝のほか、徳重神社を中心に武者行列や郷土芸能の奉納が行われます。奉納される徳重大バラ太鼓踊りなどは、鹿児島県の無形文化財に指定されています。「赤穂義臣伝輪読会」「曽我どんの傘焼き」とともに鹿児島三大行事のひとつに数えられます。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
釈迦牟尼仏
社格
曹洞宗・九州四十九院薬師霊場第26番札所・島津義弘の菩提寺
創建
元中7年(1390)、石屋真梁の開山。明治2年(1869)に廃寺となり、明治13年(1880)に現在地で再興
テーマ
霊場・巡礼禅武将ゆかり
基本情報
住所
鹿児島県日置市伊集院町徳重521
参拝時間
参拝時間は寺へ直接お問い合わせください。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR鹿児島本線「伊集院」駅から徒歩約6分。車の場合、南九州自動車道「伊集院インターチェンジ」から約10分。駐車場あり(普通車20台・大型車2台)。
公式サイト
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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