この神社について
日野俊基を祭神として明治に創建。縁結びの神として知られ、恋人の聖地にも認定。源氏山公園内にあり、ハイキングコースの途中に位置する。
歴史・由来
鎌倉幕府滅亡の引き金となった、後醍醐天皇の倒幕計画。その中心人物の一人として、京都で謀議を巡らせた廷臣・日野俊基(ひのとしもと)を祀る神社である。
俊基は後醍醐天皇の側近として、元弘元年(1331)の元弘の変に関わったとして、鎌倉に護送される。最初の元弘の変では一度赦免されたが、再び倒幕計画に加わったため、元弘2年(1332)、鎌倉幕府によって葛原岡の地で斬首された。享年は不詳だが、まだ30代だったと伝わる。
俊基の辞世「秋を待たで葛原岡に消ゆる身の露のうらみや世に残るらん」は、悲運の廷臣の心情を今に伝える名歌として、武家政治への抵抗を象徴する詩となった。明治の世になり、南朝忠臣を顕彰する気運の中で、明治20年(1887)、墓のあったこの葛原岡の地に神社が創建された。
近代の創建でありながら、源氏山公園の自然と一体になった爽やかな立地と、開運・縁結びの御利益で、近年は若い参拝者にも親しまれる人気のスポットとなっている。鎌倉の歴史の「もう一つの主役」、京都の側から見た鎌倉幕府末期の物語を体感できる稀有な神社。
見どころ・特徴
北鎌倉駅から銭洗弁財天を経由する「葛原岡・大仏ハイキングコース」の途中、源氏山公園の高台に位置する。鎌倉の山あいを歩く爽やかな道のりの終点で、達成感とともに参拝できる絶好のロケーション。
社殿はこぢんまりとした明治期の神明造。背後の杜と一体になった、静かで清浄な空気が漂う。
社殿前の「魔去る石(まさるいし)」は、近年の名物。お皿型の小石を石に投げつけ、皿が割れれば「魔が去る」という厄除けの仕掛けで、SNS時代にぴったりの楽しい参拝体験。
「縁結び石」は、男石と女石が対になって祀られ、赤い糸の絵馬を結ぶことで縁結びを祈願する。良縁を願う参拝者で常に賑わう。
境内裏手には、日野俊基の墓と伝わる宝篋印塔がある。樹齢を重ねた古木に囲まれた静謐な空間で、悲運の廷臣の最期を偲ぶ場所。明治の創建以前は、ここが本来の供養の中心だった。
源氏山公園は、新田義貞が鎌倉攻めの旗を立てたとも伝わる戦略上の要地。神社のすぐそばには源頼朝の銅像が立ち、鎌倉のパノラマを見渡せる。ハイキング、歴史散策、開運祈願──三つの楽しみを一度に味わえる、鎌倉の隠れた名所である。
学び・特徴
主祭神
日野俊基卿
創建
1887年(明治20年)
ご利益
縁結び恋愛成就
テーマ
パワースポット山・登拝
この場所を巡る軸
モデルコース
基本情報
住所
神奈川県鎌倉市梶原5-9-1
参拝時間
参拝自由(授与所 9:00〜16:00)
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR「北鎌倉駅」より徒歩30分(源氏山ハイキングコース)
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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