TabiShiri
寺 御朱印天台宗・本堂国重文 可児郡御嵩町

願興寺

がんこうじ

この寺について
弘仁6年(815)、最澄がこの地に薬師如来像を祀ったのが始まりと伝わる天台宗の寺院。通称「蟹薬師」「可児大寺」。本堂は国の重要文化財で、現在は平成29年(2017)から始まった約10年がかりの大修理が続いている。中山道御嵩宿に位置し、旅人にも親しまれてきた古刹。

歴史・由来

願興寺を理解する鍵は、二つの「奇瑞(きずい)」の物語にある。一つは開創にまつわる最澄の伝説、もう一つは寺の通称「蟹薬師」の由来となった不思議な言い伝えである。 寺伝によれば、弘仁6年(815)、東国巡錫(じゅんしゃく)中の最澄がこの地で疫病に苦しむ人々を憐れみ、施薬のための建物を開いて薬師如来像を祀ったのが始まりとされる。境内からは、それより古い白鳳時代(7世紀)の瓦も出土しており、実際にはさらに古い前身の寺院があったとみられている。 正暦4年(993)、一条天皇の皇女であった行智尼(ぎょうちに)がこの地で出家。長徳2年(996)、寺の池から数千匹もの小さな蟹の背に乗った薬師如来像が現れたという奇瑞が起こり、これが「蟹薬師」の名の由来となった。長徳4年(998)には、この不思議な出来事を受けて一条天皇の勅願により伽藍が整えられた。 元亀3年(1572)7月4日、武田氏の武将・秋山虎繁(あきやまとらしげ)の軍勢による兵火で伽藍は全焼したが、近隣の愚渓寺(ぐけいじ)の僧たちが本尊や古文書を運び出し、難を逃れた。天正3年(1575)、地元の百姓たちの発起で再興が始まり、天正9年(1581)、有力な後ろ盾を持たないまま近郷の農民たちの寄進によって現在の本堂が再建された。柱を48本用いた「いろは造り」と呼ばれる特徴的な構造を持つ。 平成29年度(2017)からは、430年以上を経て傷みの目立ってきた本堂の全解体修理が進められており、令和9年度(2027)頃の完成が見込まれている。

見どころ・特徴

【国重要文化財の本堂(現在大修理中)】 天正9年(1581)再建。柱48本の「いろは造り」と呼ばれる特徴的な構造を持つ、県内屈指の古建築。平成29年(2017)から令和9年(2027)頃にかけて約10年がかりの全解体修理が行われている。修理期間中は通常の参拝方法が異なる場合があるため、お出かけ前に御嵩町や寺への確認がおすすめ。 【蟹薬師伝説と本尊】 数千匹の蟹の背に乗って現れたと伝わる薬師如来像を本尊とする。この伝説から「蟹薬師」の通称で親しまれている。 【24体の国指定重要文化財仏像】 本尊のほか、四天王立像・十二神将立像など、あわせて24体の仏像が国の重要文化財に指定されている。 【鐘楼門と貴重な経典】 鐘楼門(しょうろうもん)は岐阜県指定文化財。大般若波羅蜜多経600巻や鰐口(わにぐち)も県の文化財に指定されている。 【御嵩薬師祭礼】 毎年4月に営まれる、1000年以上の伝統を持つとされる祭礼。植物の枝を使った独特の清めの神事が行われる。
年中行事・お祭り
【御嵩薬師祭礼】例年4月 1000年以上の伝統を持つとされる願興寺の祭礼。植物の枝を用いた独特の清めの神事が行われる。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず御嵩町や寺へご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
薬師如来
社格
天台宗・本堂国重文
創建
弘仁6年(815)、最澄がこの地に薬師如来像を祀ったのが始まりと伝わる。現在の本堂は天正9年(1581)の再建。
ご利益
健康・病気平癒厄除け
テーマ
パワースポット
基本情報
住所
岐阜県可児郡御嵩町御嵩1377-1
参拝時間
参拝時間は10時から16時まで。本堂の大修理期間中のため、詳しい参拝方法は変更されている場合があります。お出かけ前にご確認ください。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
名鉄広見線「御嵩」駅より徒歩約1分(駅のすぐ前)。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

記録を確認中...