この寺について
佐竹寺(さたけじ)は、茨城県常陸太田市にある真言宗豊山派の寺院で、大同2年(807年)に徳一(とくいつ)が草創し、寛和元年(985年)に花山天皇の勅願により元密上人(げんみつしょうにん)が堂宇を建てたと伝わります。本堂が北向きに建つ珍しい配置から「北向観音」の名でも親しまれ、鎌倉時代以来、常陸国の名門・佐竹氏の祈願所として篤い信仰を受けてきました。茅葺き屋根の本堂は国の重要文化財に指定され、坂東三十三観音第22番札所として知られています。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、佐竹氏という一族の歴史と、寺の歩みが深く重なり合っている点にある。
寺伝によれば、大同2年(807年)、徳一という僧がこの地を草創したのが始まりとされる。その後、寛和元年(985年)、花山天皇の勅願を受けて元密上人が堂宇を建立したと伝わる。当初は「観音寺」と呼ばれ、律宗の寺院であったが、鎌倉時代の文永6年(1269年)ごろ、佐竹氏の一族・佐竹長義によって真言宗の寺院として建て直されたと伝えられている。
鎌倉時代、常陸国の名門・佐竹氏の初代当主とされる佐竹昌義(さたけまさよし)がこの寺に深く帰依し、寺領を寄進したと伝わる。以来、寺の名は「佐竹寺」と呼ばれるようになり、代々の佐竹氏から篤い保護を受ける祈願所として栄えた。
戦国時代の天文12年(1543年)、天文の乱と呼ばれる争乱によって堂宇は焼失してしまう。しかし、当時の当主・佐竹義昭(さたけよしあき、佐竹氏第17代当主)らの保護によって再興され、天文15年(1546年)に現在の本堂が再建された。この本堂は、桃山時代の建築様式の先駆けとされる貴重な遺構として、明治39年(1906年)に国の重要文化財に指定されている。
江戸時代には、徳川幕府から朱印地を受けて寺の格式を保ち続けた。今も本堂が北向きに建つ珍しい姿を残し、「北向観音」として多くの参拝者や坂東巡礼者を迎えている。
見どころ・特徴
【本堂】天文15年(1546年)の再建で、明治39年(1906年)に国の重要文化財に指定されました。茅葺き屋根の寄棟造(よせむねづくり)で、正面には唐破風(からはふ)が付き、桃山時代の建築様式の先駆けとされる貴重な建物です。室町後期の優美な姿を今に伝えています。
【北向観音】本堂が北向きに建つという、全国的にも珍しい配置で知られています。「北向観音」の通称もこの配置に由来します。
【佐竹氏ゆかりの寺】鎌倉時代から常陸国の名門・佐竹氏の祈願所として篤い信仰を受けてきました。近隣の瑞龍山佐竹家墓所(佐竹氏歴代の墓所)とあわせて訪ねると、佐竹氏の歴史をより深く感じられます。
【紅葉】10月から11月にかけて、境内の紅葉が見ごろを迎えます。
学び・特徴
主祭神
十一面観世音菩薩
社格
真言宗豊山派・坂東三十三観音第22番
創建
大同2年(807年)に徳一が草創し、寛和元年(985年)に花山天皇の勅願により元密上人が堂宇を創建したと伝わる
ご利益
厄除け家内安全
テーマ
桜紅葉
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
茨城県常陸太田市天神林町2404
参拝時間
4月から10月は9時から16時30分まで、11月から3月は9時から16時までです。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR水郡線「常陸太田」駅からタクシーで約10分、徒歩の場合は約30〜35分です。駅にはレンタサイクルもあります。隣接する駐車場があります。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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