この寺について
歴史・由来
天平神護2年(766)、勝道上人(しょうどうしょうにん)が、日光山を開いて建立した「四本龍寺(しほんりゅうじ)」が起源。
勝道上人は、日光開山の祖。天応2年(782)、男体山(標高2,486m)への初登頂を成し遂げた修験道の開祖的存在。男体山を「補陀洛山(ふだらくさん)=観音浄土」と見立て、その山麓に観音信仰の道場を築いたのが日光山の出発点。
平安初期、円仁(慈覚大師)が訪れて天台宗に改宗。以後、日光山は「天台宗の関東総本山」として、関東一円の山岳信仰の中心となった。
中世以降、日光山は「権現信仰」を発展させ、男体山・女峰山・太郎山の三山を御神体とする「日光権現」を、現代に続く「神仏習合」の最高峰として整備した。
慶長18年(1613)、天海大僧正(徳川家康・秀忠・家光の信任厚い名僧)が貫主(住職)となり、徳川幕府の宗教戦略の中核として日光山を発展させた。家康の霊廟(後の東照宮)も、天海の構想による。
明治の神仏分離で、日光山は「二荒山神社」「東照宮」「輪王寺」の3つに分割。これにより、それまで一体だった「日光山」は神社と寺院に分離された。
平成11年(1999)、東照宮・二荒山神社と共に世界文化遺産「日光の社寺」に登録された。
見どころ・特徴
JR・東武日光線「日光」駅からバスで「神橋」下車徒歩約5分。
「三仏堂(さんぶつどう)」(重要文化財、寛永17年/1640築)は、輪王寺の本堂。日光最大の木造建造物(高さ約26m、間口約34m)。本尊・三仏(千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音)は、日光三山(男体山・女峰山・太郎山)の本地仏で、像高約8mの巨像。
「大猷院(たいゆういん)」は、3代将軍・徳川家光の霊廟。承応2年(1653)築。家光が「祖父・家康に近い場所で永眠したい」との遺命で、東照宮の隣に建立された。
大猷院は、家光の遺言で「東照宮を凌いではならぬ」とされ、東照宮よりやや控えめだが、それでも金箔・極彩色の華麗な権現造で、国宝に指定されている。「東照宮の華麗さ」と「大猷院の落ち着いた荘厳さ」は、徳川幕府の祖父と孫の関係性を象徴する好対照。
「家光像」「夜叉門(やしゃもん)」「皇嘉門(こうかもん)」など、大猷院の見どころが多数。
「常行堂(じょうぎょうどう)」「法華堂」など、平安期からの古い堂宇も残る。
「逍遥園(しょうようえん)」は、輪王寺の日本庭園。秋の紅葉の名所として有名。
参拝後は、東照宮・二荒山神社と組み合わせて、世界遺産「日光の社寺」の三本柱を巡るのが定番。
学び・特徴
主祭神
阿弥陀如来千手観音馬頭観音
社格
天台宗門跡寺院・日光山総本堂
創建
天平神護2年(766)勝道上人開山
ご利益
厄除け家内安全
テーマ
世界遺産紅葉山・登拝
基本情報
住所
栃木県日光市山内2300
参拝時間
4〜10月 8:00〜17:00、11〜3月 8:00〜16:00
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR日光線・東武日光線「日光」駅より東武バス「西参道」下車徒歩5分
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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