TabiShiri
寺 御朱印 高崎市

少林山達磨寺

しょうりんざんだるまじ

別名:達磨寺(だるまじ)

この寺について
少林山達磨寺は、元禄10年(1697)に東皐心越禅師(とうこうしんえつぜんじ)を開山として開かれた黄檗宗(おうばくしゅう)の寺院。「縁起だるま」発祥の地として知られ、毎年1月6日と7日に開かれるだるま市(七草大祭だるま市)には全国から人が集まる。境内には、ドイツの建築家ブルーノ・タウトが昭和初期に暮らした洗心亭(せんしんてい)も残る。

歴史・由来

この寺を理解する鍵は、一本の流木からはじまった物語にある。延宝年間(えんぽうねんかん、1673年から1681年ごろ)のある年、大雨で碓氷川(うすいがわ)が氾濫し、香りのする黒光りした古い木が村に流れ着いた。この霊木に導かれるように、諸国をめぐっていた行者の一了居士(いちりょうこじ)が夢に達磨大師のお告げを受け、延宝8年(1680年)、一刀三礼(いっとうさんらい、一彫りごとに三度礼拝する彫り方)の心をこめて達磨大師の坐像を彫り上げた。 それから17年後の元禄10年(1697)、領主・酒井忠挙(さかいただたか)は、居城である厩橋城(うまやばしじょう、現在の前橋城)の裏鬼門(うらきもん、鬼門の反対側で、同じく災いが入るとされた方角)を守る寺として、少林山達磨寺を開いた。開山として迎えられたのは、徳川光圀(とくがわみつくに)が篤く帰依した中国出身の禅僧・東皐心越禅師である。心越はすでに前年の元禄9年(1696)に亡くなっていたため、実際の開創にあたったのは弟子の天湫和尚(てんしゅうおしょう)だったと伝えられる。当初は曹洞宗(そうとうしゅう)の寺だったが、明治時代に黄檗宗へと改まり、現在に至る。 明治14年(1881)の火災で古い記録の多くが失われたため、創建の細部には厳密には分からない部分も残る。それでも、鐘に刻まれた銘文などから、正徳2年(1712)にはすでに寺が存在していたことが確かめられている。 江戸時代の後半、天明(てんめい)の大飢饉(1783年から1787年)で村人たちが苦しんだとき、九代目の東嶽和尚(とうがくおしょう)は、一枚の護符に描かれただるまの絵をもとに、張り子だるまの作り方を人々に教えた。これが副業として広まり、今に続く「縁起だるま」発祥の物語となった。 昭和のはじめには、ナチスの迫害を逃れて日本に渡ったドイツの建築家ブルーノ・タウトが、この寺の洗心亭に身を寄せ、日本の文化に触れながら著作に打ち込んだ。流木から生まれた達磨像、飢饉を機に広まっただるま作り、そして異国の建築家が見つけた安らぎの場所。少林山達磨寺は、時代の違ういくつもの物語が積み重なってできた寺である。

見どころ・特徴

【一了居士が彫った達磨大師像】延宝8年(1680年)、行者の一了居士が、川に流れ着いた霊木から彫り上げたと伝わる坐像。「縁起だるま」のもとになった像で、達磨堂に安置されている。 【洗心亭とブルーノ・タウト】ドイツの建築家ブルーノ・タウトが昭和初期に滞在した建物。群馬県指定史跡になっており、タウト自身がドイツ語で刻んだ記念碑も残る。若き日の黒澤明(くろさわあきら)が、この寺を舞台にした脚本「達磨寺のドイツ人」を書いたことでも知られる。 【茅葺屋根の観音堂】創建当時から残るとされる、約320年前の茅葺屋根(かやぶきやね)の観音堂。境内には達磨堂や総門など見どころが点在する。 【だるまが積み上がる風景】願いがかなっただるまを納める場所には、色とりどりのだるまが山のように積み上げられており、この寺ならではの光景となっている。秋には紅葉とだるまの赤が重なる風景も楽しめる。
年中行事・お祭り
【七草大祭だるま市(少林山七草大祭だるま市)】例年1月6日・7日 新年の縁起だるまを求めて、全国から大勢の人が訪れる。天明の大飢饉のときに九代目住職が張り子だるまの作り方を伝えたことがはじまりとされ、日本のだるま市の草分けの一つに数えられる。露店も並び、正月らしいにぎわいとなる。 【達磨忌】例年10月5日ごろ 達磨大師の縁日とされる日に行われる行事。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

作品ゆかり
昭和8年(1933)ごろから約2年間、ナチスの迫害を逃れて日本に渡ったドイツの建築家ブルーノ・タウトが、境内の洗心亭に滞在した。タウトはここで日本の建築や工芸について考えを深め、著作を執筆した。この縁から、助監督時代の黒澤明が、タウトの滞在を題材にした脚本「達磨寺のドイツ人」を書いたことでも知られている。
学び・特徴
主祭神
北辰鎮宅霊符尊達磨大師
社格
黄檗宗(おうばくしゅう)。「縁起だるま」発祥の寺として知られ、前橋城の裏鬼門を守る寺として創建された。
創建
元禄10年(1697)、領主・酒井忠挙(さかいただたか)により、東皐心越禅師を開山として創建。本尊とする達磨大師の坐像は、それより早い延宝8年(1680)に一了居士が彫ったと伝わる。明治14年(1881)の火災で古文書の多くが失われたため、創建の詳細には厳密には不明な点も残る。
ご利益
商売繁盛厄除け勝負運
テーマ
パワースポット
この場所を巡る軸
基本情報
住所
群馬県高崎市鼻高町296
参拝時間
境内は24時間参拝できます。寺務所やお札の受付は9時から17時まで、祈祷の受付は9時から16時までです。達磨堂の拝観も9時から17時までとなっています。拝観料はかかりません。御朱印は、写経(十文字写経でも可)をした人に授与される形をとっているとの情報があります。納経料は志納です。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
車の場合、関越自動車道高崎インターチェンジから約20分です。境内には無料の駐車場があり、大型バスも駐車できます。 電車の場合、JR高崎線高崎駅からバスで約20分、「八幡大門前」または「少林山入口」で下車して徒歩10分ほどです。タクシーなら高崎駅から約15分です。 JR信越本線群馬八幡駅からは、タクシーで約5分、徒歩の場合は20分ほどです。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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