この寺について
安楽寺(あんらくじ)は、埼玉県比企郡吉見町にある真言宗智山派の寺院。山号は岩殿山(いわどのさん)。「吉見観音」として親しまれ、坂東三十三観音第11番札所として知られる。本尊は聖観世音菩薩。寺の縁起では、奈良時代の僧・行基が観音像を彫って岩窟に納めたのがはじまりと伝わる。源頼朝の弟・源範頼(みなもとののりより)が少年時代にこの地に身を隠し、のちに領主となって本堂や三重塔を建てたという言い伝えでも知られ、鎌倉時代とのつながりを今に伝える。
歴史・由来
安楽寺を理解する鍵は、行基(ぎょうき)による観音像安置という古い言い伝えと、平治の乱で逃れてきた源範頼(みなもとののりより)が、のちにこの地の主となって寺を大きく育てたという、二つの物語にある。
寺に伝わる縁起によれば、今からおよそ1200年前、奈良時代の僧・行基がこの地を訪れ、観世音菩薩の像を彫って岩窟に納めたのが安楽寺のはじまりという。のちに平安時代初期の武将・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が堂宇を建てたとも伝わるが、江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿(しんぺんむさしふどきこう)』は、この坂上田村麻呂の伝承について「確かなことではない」と留保をつけている。
平治の乱(1159)ののち、源頼朝の弟である源範頼は、10歳前後でこの岩殿山(いわどのさん)に身を隠したと伝わる。長じて吉見の地の領主となった範頼は、寺への恩に報いるように本堂や三重塔、大講堂を建て、所領の半分を寺に寄進したという。しかし天文6年(1537)、後北条氏が松山城を攻めた際の戦火で、これらの建物は焼け落ちてしまう。現在の本堂と三重塔は、江戸時代の寛永年間(1624〜1644)に、中興の祖である法印杲鏡(ほういんこうきょう)によって再建されたものである。
見どころ・特徴
本堂と三重塔、仁王門は、いずれも埼玉県指定有形文化財。三重塔は寛永年間(1624〜1644)の再建で、総高およそ24メートル。埼玉県内に残る江戸時代の三重塔は、この安楽寺と成就院、西福寺の3基だけといわれる貴重な建物である。
境内には「吉見大仏」と呼ばれる大きな仏像や、鐘楼堂もあり、見どころが多い。
【訪ねかた】
毎年6月18日の「厄除け朝観音」の日には、深夜から早朝にかけて多くの出店が並び、参道は大いににぎわう。この日ならではの「厄除けだんご」も名物で、行事の雰囲気とあわせて楽しみたい。
年中行事・お祭り
【元旦会】
1月1日。
【節分会】
2月の節分の日。
【花まつり】
5月8日、お釈迦様の誕生をお祝いする行事。
【厄除け朝観音】
6月18日。深夜から早朝にかけて秘仏が御開帳され、参道には多くの出店が並ぶ。名物の「厄除けだんご」もこの日に売られる。
【四万六千日(しまんろくせんにち)】
8月9日・10日。この日にお参りすると4万6千日分お参りしたのと同じ功徳があるとされる縁日。
【施餓鬼会(せがきえ)】
9月18日。
【冬至祭】
12月。
【毎月の祭日】
毎月18日は観音様の縁日として法要が行われる。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
聖観世音菩薩
社格
真言宗智山派(しんごんしゅうちさんは)。山号は岩殿山(いわどのさん)。坂東三十三観音第11番札所。
創建
寺の縁起では、神亀3年(726)ごろ、行基が観世音菩薩の像を彫って岩窟に納めたのがはじまりと伝わる。平安時代初期には坂上田村麻呂が堂宇を建てたとも伝わるが、江戸時代の地誌ではこの伝承に確証がないとされている。
ご利益
健康・病気平癒厄除け
テーマ
桜霊場・巡礼
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
埼玉県比企郡吉見町大字御所374
参拝時間
納経の受付時間は季節によって異なり、4月から10月は8時から17時まで、11月から3月は9時から16時まで。拝観料は無料。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
東武東上線「東松山」駅からバスで「吉見観音」下車すぐ。車の場合は東松山インターチェンジから約20分(約7.5キロメートル)。無料駐車場が100台分ある。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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