この神社について
知知夫国(ちちぶのくに)、いまの秩父地方の総鎮守(そうちんじゅ)です。八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)、知知夫彦命(ちちぶひこのみこと)、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)の四柱を祀ります。徳川家康の寄進と伝わる権現造(ごんげんづくり)の社殿には、左甚五郎(ひだりじんごろう)作と伝わる彫刻が飾られます。毎年12月の例祭「秩父夜祭」は、日本三大曳山祭の一つです。
歴史・由来
この神社を理解する鍵は、武甲山(ぶこうさん)を仰ぐ土地の神と、のちに結びついた妙見(みょうけん)信仰の二つの流れにあります。
【古代のはじまり】
崇神天皇(すじんてんのう)の時代に、初代の知知夫国造(ちちぶのくにのみやつこ)に任じられた知知夫彦命が、祖神の八意思兼命を祀ったのが始まりと伝えられています。国造とは、地方を治めた古代の役職です。八意思兼命は知恵の神とされます。もとは、社殿の南に見える武甲山を神の山として拝む場所だったともいわれます。平安時代の『延喜式(えんぎしき)』にも名が載る、古い神社です。
【妙見信仰との結びつき】
鎌倉時代になると、妙見菩薩(みょうけんぼさつ)が神社に取り入れられ、神社は「妙見宮」と呼ばれました。神道と仏教が混じり合う信仰は明治まで続きましたが、神仏分離によって、妙見菩薩は天之御中主神に改められました。
【家康の寄進と社殿】
今の社殿は、天正20年(1592)に徳川家康が寄進したと伝わります。権現造で、江戸時代の初めごろの様式をよく残し、埼玉県の文化財に指定されています。
【四柱の祭神】
のちに秩父宮雍仁親王が祭神に加わり、今は四柱を祀っています。
見どころ・特徴
【本殿を飾る彫刻】
社殿の彫刻は、左甚五郎の作と伝わります。それぞれに物語がこめられています。
【子育ての虎】
親子の虎の姿です。寅年生まれの徳川家康にちなむといわれます。
【お元気三猿】
「よく見て、よく聞いて、よく話す」姿の三猿です。見ざる・聞かざる・言わざるとは対照的な、前向きな意味をもちます。
【北辰の梟(ほくしんのふくろう)】
体は本殿に向き、頭は真北を向いて、御祭神を守る姿とされます。学業成就の御利益と結びつけて語られます。
【つなぎの龍】
秩父札所十五番・少林寺(しょうりんじ)の天ヶ池に住みついて暴れた龍を、鎖でつなぎとめたという伝説を伝えます。
【訪ねかた】
拝殿での参拝と本殿のまわりをひと回りする見学は、30分から1時間が目安とされます。彫刻をじっくり見るなら、1時間以上の余裕があると安心です。夜祭の時期は混雑や交通規制があります。
年中行事・お祭り
【秩父夜祭(ちちぶよまつり)】
例年12月2日の宵宮(よいみや)と、3日の大祭です。秩父神社の例祭にあたり、京都の祇園祭、飛騨高山祭と並ぶ日本三大曳山祭(ひきやままつり)の一つです。「山・鉾・屋台行事」の一つとして、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。笠鉾(かさぼこ)と屋台あわせて6台が登場します。
12月3日の夜は、笠鉾と屋台が、お旅所(おたびしょ)の下の急な坂「団子坂」を、きしむ音をあげながら一台ずつ曳き上げられます。冬の夜空には花火も打ち上げられます。
寛文年間(1661〜1673)に始まったとされ、300年以上の伝統があります。妙見信仰を背景に、武甲山の男神と秩父神社の女神が年に一度会う、という言い伝えもあります。明治の初めまでは、旧暦11月3日の「霜月大祭」でした。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
八意思兼命知知夫彦命天之御中主神秩父宮雍仁親王
社格
延喜式内社。旧社格は国幣小社。武蔵国四宮とも称される。
創建
崇神天皇の御代、初代の知知夫国造・知知夫彦命が、祖神の八意思兼命を祀ったのが始まりと伝わる。
ご利益
学業・合格
この場所を巡る軸
めぐりコース
祭り・伝統行事
基本情報
住所
埼玉県秩父市番場町1-1
アクセス
秩父鉄道の秩父駅から徒歩約3分。西武秩父線の西武秩父駅からは徒歩約15分。車の場合は、関越自動車道の花園ICから約35分。駐車場があります。夜祭の時期は交通規制があります。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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