TabiShiri
寺 御朱印天台宗。坂東三十三観音第一番札所、鎌倉三十三観音第一番札所 鎌倉市

杉本寺

すぎもとでら

この寺について
天平3年(731)に行基(ぎょうき)が十一面観音を安置し、天平6年(734)に光明皇后(こうみょうこうごう)の発願で本堂が建立されたと伝わる、鎌倉最古の寺院。天台宗。三体の十一面観世音菩薩を本尊とし、坂東三十三観音・鎌倉三十三観音の第一番札所。苔むした石段と茅葺きの仁王門が印象的。

歴史・由来

鎌倉最古の寺と伝わる、天台宗の古刹。創建は遠く奈良時代にさかのぼる。天平3年(てんぴょう3ねん、731年)、東国を旅していた行基菩薩(ぎょうきぼさつ)がこの地を観音を祀るにふさわしい場所と考え、自ら十一面観音を彫って安置した。その3年後、天平6年(734)には光明皇后(こうみょうこうごう)の発願により、右大臣・藤原房前(ふじわらのふささき)と行基が本堂を建立したと伝わる。鎌倉幕府成立より450年以上前にまでさかのぼる、伝承上は鎌倉最古の寺である。 その後、平安時代に入り、慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)と源信僧都(げんしんそうず、恵心僧都)がそれぞれ観音像を刻んで加えたと伝わり、「三体観音」を擁する観音霊場として関東一円に知られるようになった。なお、三体の観音像は行基・円仁・源信の作と伝わるものの、様式から見た実際の制作年代は平安時代末期から鎌倉時代にかけてとみられている。 文治5年(ぶんじ5ねん、1189年)11月23日の夜、寺は火災に見舞われた。このとき本尊の観音三体が自ら本堂を抜け出し、境内の大杉の下に難を逃れたという出来事が『吾妻鏡(あづまかがみ)』に記されており、これが「杉の本の観音」、すなわち「杉本」という寺号の由来になったと伝わる。 火災から2年後の建久2年(けんきゅう2ねん、1191年)9月18日、源頼朝がこの寺を再興し、三尊像をあらためて内陣に安置するとともに、新たに七尺(約2.1メートル)の十一面観音立像を御前立として寄進したと『吾妻鏡』に記される。鎌倉幕府成立後は源氏・北条氏・足利氏と歴代の武家政権から保護を受け続け、坂東三十三観音第一番札所、鎌倉三十三観音第一番札所として、関東巡礼の出発点となった。

見どころ・特徴

苔むした石段は、苔の保護のため現在は通行禁止となっており、参拝者は横に設けられた階段を上る。下から見上げる苔むした古い石段と、その先に建つ茅葺きの仁王門は、「鎌倉最古の寺」にふさわしい厳粛な眺めである。仁王門は江戸時代、18世紀半ばの建立と伝わる。 本堂(観音堂)も茅葺き屋根で、寄棟造(よせむねづくり)の建物である。延宝6年(えんぽう6ねん、1678年)の建立とされ、神奈川県指定重要文化財(建造物)にもなっている。茅葺き屋根の仏堂は鎌倉では珍しく、生い茂る杉木立とともに古刹の佇まいをそのまま伝えている。 本堂内部の三体の十一面観音像(行基作・慈覚大師作・恵心僧都作と伝わる)は秘仏として厨子に納められている。御前立(おまえだち)の十一面観音は源頼朝が寄進したと伝わり、こちらは常時拝観できる。仁王門に立つ仁王像は運慶作と伝えられている。 毎月18日は観音様の縁日とされ、この日にあわせて法要が営まれることがある。
学び・特徴
主祭神
十一面観世音菩薩
社格
天台宗。坂東三十三観音第一番札所、鎌倉三十三観音第一番札所
創建
天平3年(731)行基が観音を安置、天平6年(734)光明皇后の発願により本堂建立と伝わる
ご利益
厄除け健康・病気平癒
テーマ
パワースポット巨木・御神木
基本情報
住所
神奈川県鎌倉市二階堂903
参拝時間
9時から16時まで(受付は15時45分まで) 拝観料は一般(高校生以上)300円、中学生200円、小学生100円

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR鎌倉駅よりバス「杉本観音」下車徒歩1分
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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