この寺について
真言宗御室派(しんごんしゅうおむろは)、山号は紫雲山(しうんざん)。神亀2年(725)、聖武天皇(しょうむてんのう)の勅願(ちょくがん)で行基(ぎょうき)が開いたと伝わる。本尊の乾漆千手観音菩薩坐像(国宝)は、実際に1,041本の手を持つ日本最古の千手観音像とされ、坐像としては珍しい作例。西国三十三所第5番札所。
歴史・由来
葛井寺(ふじいでら)を語るうえで欠かせないのが、日本でも数少ない、実際に千本近い手を持つ千手観音像を伝えてきた寺だという点である。
寺伝によれば、7世紀前半に百済(くだら)からの渡来系氏族・葛井氏(ふじいうじ)の氏寺として創建されたのが始まりとされる。のちの神亀2年(725)、聖武天皇(しょうむてんのう)の勅願(ちょくがん)により行基(ぎょうき)が開いたとも伝わり、真言宗御室派(しんごんしゅうおむろは)、山号は紫雲山(しうんざん)。
「葛井寺」は古くは「剛琳寺(ごうりんじ)」とも呼ばれた。「藤井寺」の別名は、平安時代の永長元年(1096)、中興の祖・藤井安基(ふじいやすもと)が伽藍を大修理した際、その姓にちなんでついたと伝わる(地名「藤井」の由来には、葛井氏の前身・白猪氏(しらいうじ)が本拠とした藤の茂る土地に因むとする説もあり、資料によって説明が分かれる)。この「藤井寺」が、のちの藤井寺市の市名の由来になったとされる。
本尊は乾漆千手観音菩薩坐像(かんしつせんじゅかんのんぼさつざぞう)、正式には十一面千手千眼観世音菩薩(じゅういちめんせんじゅせんげんかんぜおんぼさつ)という。天平期(725年ごろ)、稽文會(けいもんえ)・稽主勲(けいしゅくん)父子の作と伝わる国宝仏で、1938年(昭和13年)に指定された。千手観音は通常42本の手で千本を表すのが一般的だが、この像は大手40本、小手1,001本に正面の合掌手を加えた1,041本の手を実際に持つ、全国でも珍しい「真数千手(しんすうせんじゅ)」の一体とされ、坐像としては唯一の作例ともいわれる。像高は頭上の仏面を含めて約144センチメートル、漆と麻布を重ねて形づくる乾漆造(かんしつづくり)の傑作で、西国三十三所公式サイトによれば奈良・唐招提寺(とうしょうだいじ)、京都・三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)とともに「三観音」として信仰を集めてきたという。
現在の本堂は江戸時代の再建で、宝暦3年(1753)に上棟、安永5年(1776)に竣工した。表門にあたる四脚門(しきゃくもん)は桃山様式の建物で、豊臣秀頼(とよとみひでより)の寄進と伝わり、国の重要文化財に指定されている。
見どころ・特徴
【国宝 千手観音の開扉】本尊の乾漆千手観音菩薩坐像は秘仏で、ふだんは本堂の厨子(ずし)に納められている。開扉されるのは毎月18日の観音会座(かんのんえざ、9時から16時30分、拝観料500円)と、毎年8月9日の千日まいりのみ。実際に1,041本の手を持つ姿を間近で見られる貴重な機会になる。
【四脚門(しきゃくもん)】豊臣秀頼の寄進と伝わる桃山様式の門で、国の重要文化財。本堂とあわせて見ておきたい。
【藤の名所】寺の通称「藤井寺」の由来にもゆかりがあるとされる藤(ふじ)が見どころで、例年4月中旬から5月上旬ごろに境内の藤棚が見頃を迎え、「ふじまつり」が開かれる。
【周辺の史跡めぐり】世界遺産・百舌鳥古市古墳群(もずふるいちこふんぐん)に連なる道明寺(どうみょうじ)や応神天皇陵古墳(おうじんてんのうりょうこふん)、仲哀天皇陵古墳(ちゅうあいてんのうりょうこふん)などが周辺にあり、古墳時代の歴史とあわせて巡ることができる。
年中行事・お祭り
学び・特徴
主祭神
千手観世音菩薩
社格
真言宗御室派 紫雲山(しうんざん) 西国三十三所第5番
創建
神亀2年(725)
ご利益
厄除け
テーマ
藤
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
大阪府藤井寺市藤井寺1-16-21
参拝時間
8時から17時まで。境内拝観は無料。ただし毎月18日の観音会座は9時から16時30分で、この日のみ本尊拝観料500円が必要。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
近鉄南大阪線「藤井寺」駅から徒歩約3分
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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